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「わたしも知らなかった、身体と心の奥の奥、深いところにあるわたし自身を解放することができたの。『自分自身の持っている秘められたパワー』みたいなものがこう、ぐぐっと圧縮されて来るのがわかるよ。……そうして、満月の夜に、覚醒するの。『本当の自分』が」
新月の夜から毎晩、一糸まとわぬ裸になり、月の光を身に受ける。
そして、体の内側にある『本当の自分』を、それがゆっくりと膨らんでいくイメージを、繰り返し、思い浮かべる。
まさかこんなことだけで、と一笑に付すことはでしなかった。文乃の瞳は真剣で、彼女は嘘をつかない人間だということを私は知っていた。たとえ彼女が言うところの『本当の自分』になり、内面の魅力を溢れさせた今でも、その美徳は変わっていないだろうと、そう思えた。
そして、自分の部屋で月の見える窓に向かい、毎晩その方法を実践していくうちに、彼女の言っていたとおり、少しずつ、お腹の奥深くがなんだか暖かいような気がし始めていった。
これが、『本当の自分』なのだろうか?
日に日に膨らんでいく月と共に、その感覚も大きくなり――
ついに、満月の晩。
私は前夜までと同様に、夜空に登る円い月に向かって、裸体をさらす。
すでに、下腹部の中心のあたりは、何か熱い塊のようなものが静かに息付いているような感覚があった。
これは、もしかして、本当に――
ぱり。
乾いた音を立てて。
突然、背中が、割れた。
「あっ」
思わず、声が漏れた。
その勢いで、さらに裂け目が広がる。
ぱりぱりぱり、
ああ、そうか。
これは、脱皮だ。
文字通り、古い皮を脱ぎ捨てて、私は、新しく生まれ変わるんだ。
明らかに異常な事態が自分の身に起こっているのに、非現実的な出来事だというのに、どうにも頭がぼおっとしている。うっとりしている。むしろ、生まれ変わるには、やっぱりこれくらいのことがないとね……なんて気分になっている。一種のトランス状態なのかもしれない。
ぱりぱりぱりぱりぱり、
不思議と怖くはない。
だって、これで私も、素晴らしい何かになれるんだから。
ぱりぱりぱりぱりぱりぱりぱりぱりぱりぱり
ああ、その瞬間が、近づいている。
『本当の自分』が、羽化する、その瞬間が。
ただ、恍惚とした意識のどこかで、……何かが、少しだけ引っかかっている。
些細な違和感。
でも、それは、自分の表面がひび割れていくほどに、少しずつ膨らんでいる。
何かが、変だな――?
確実に今、私は、美しい羽化を遂げている真っ最中にあるというのに。
生まれ変わる瞬間という素晴らしい感覚が、どこか、ズレがあるような――
そこまで考えて、私は、唐突に気が付いてしまった。
ああ、そうか。
そうだったのか。
私はすっかり思い違いをしていた。
私が、脱皮するんじゃなくって。
私は、脱皮される側なんだ。
めり。
めりめりめり、
めりめりめりめりめり、
私の中で、何か私ではないものが、私の外側に出ようと、蠢いている。
それはきっと、他でもない、私。
ワタシの知らない、本当の私。
秘められた私が、本来の魅力に溢れた私が、今まさに、羽化しようとしている。
ワタシという殻を破って。
なるほどね。
ワタシは、私が完全無欠な私になるためには、脱ぎ捨てるべき不要なワタシだったんだな。
考えてみたら、そうだよね。
ワタシは少しも完璧な私じゃなかったんだから。
生まれ変わるには必要な行程なんだと、理解も納得もできる。
めりめりめりめりめりめりめりめりめりめり
そして、ついに私は完全に脱ぎ捨てられ、満月の光に照らされながら、ワタシではない新しい私が誕生する。
私の抜け殻となった私は、力なく床に脱ぎ捨てられながら、光り輝くようなオーラに満ちている羽化した私を見上げることもできないでいる。
さようならワタシ、おめでとう私。
ワタシの代わりに頑張ってね、私。
月明かりの届かない部屋の床に這いつくばったワタシは、本当の自分に変身を遂げた私を、ただ、祝福した。
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