羽化

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文乃は何の前触れもなく変身を遂げた。 思わず、二度見どころか五度見、六度見くらいしてしまった。 何ならその日じゅうずっと、私は彼女のことを、繰り返し繰り返しちらちらちらちらと、ずっと見ていた。それくらい、信じられなかった。 「どうしたの、今日なんかヘンだよ、チズ」 「いや、……」 変なのはそっちのほうじゃないか。 とは言い返さなかったが、明らかに不審な目で見ている私にも、文乃はにこやかに笑みを返す。 いや、変じゃない。 この子はそういうところがある。ちょっと困りながらも相手に気を遣う、よく言えば優しい、悪く言えば自己主張に乏しい、はっきり言えば典型的な「地味で引っ込み思案なクラスの片隅女子」だ。 変じゃないから、変だ。 文乃はいつも通りだ。見た目は黒髪ロング眼鏡のまんまだし、振る舞いも全く普段と変わった点はない。なのに、明らかに、昨日までの文乃とは違う。別人のように、違う。 「フミ、さ、……いや、何でもない」 「何それ」 ふふ、と控えめに笑みをこぼすその仕草も、良く見慣れたそのままなのに、違う。 全然、違う。目の前にいるのは確かにいつもの文乃なのに、まるで、初対面の人と話しているような気がする。自分でも何を言っているのかわからないが、とにかく、そう感じるのだから仕方がない。 ……落ち着かない。 でも、決して悪い感覚でもないのが、余計に気持ちが悪い。 目の前にいるのは確かに文乃で、他の誰かではない。ホラー小説でありがちな、「実は文乃の姿に成り代わった別の何か」とか、そういう類いのものではないと断言できる。 だってこれは文乃だ。一挙手一投足が文乃だ。戸惑うとすぐ両端がオーバーに下がる眉も、具合が悪かったりする? なんてやたらと人の体調を気にしてくるところも。大丈夫だって、と返しながら私はまだ混乱している。別人のような印象を受けるのに、どう考えても別じゃない、本人だ。じゃあ、この違和感は、一体何なのだろう。 簡単に言えば、オーラが違う。 見えないエネルギーのようなものが、目に見えて違ってきている。そんなイメージ。 何も変わっていないはずなのに、輝いて見えるような気さえするのは、そのせいだ。
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