羽化

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案の定、その日から文乃は、どんどんと変わり始めた。正確に言えば、彼女の周りが、変わっていった。 目に見えて文乃に話しかけてくる人が増えた。文乃も、さも当然のように、それに対応していった。実に文乃らしいリアクションで。 一週間もしないうちに、文乃は、あれよあれよとクラスの人気者になっていった。 内気でオドオドした雰囲気はそのまま残ってはいるのに、まるでそうやってちやほやされるのが当然とでもいうかのように、貫禄すらあった。 変わってしまった文乃は、けれど、以前は唯一無二の存在だった私への態度を変えるわけでもなかった。相変わらずの調子で、優しく穏やかに接してくれる。 今まで話したことすらなかった、クラスの中心にいるような運動部レギュラーの男子に当然のように話題をふられながらも、昼のお弁当の時間は私と二人で食べるため、他のグループの女子からの誘いをさらりとかわす。 あからさまに注目の人となりつつあるのに、それを当然と受け止めつつ、本人は常に普段通りで、旧来の付き合いを変えるわけではない。完璧な振る舞い方だ。ケチの付けようもない。 けれど、どうにも私の違和感は消えなかった。 やっぱり、おかしい。 おかしいのは私のほうなのかもしれない。誰一人、クラスメートたちも教師たちも、今の彼女に惹かれてすり寄って来ているのに、まるで何も気にしていない風なのが、どうにも居心地が悪い。 少し前まで、まるで教室の備品のような、いてもいなくても変わらないような二人だった私たちなのに。 まるで一人置いていかれたようで、でも置いていかないように完璧にフォローされているかのようで、そんなあれこれとカンガエテシマウ自分に、とにかく、落ち着かない。 「文乃、あんた、いったいどうしたの?」 とうとう私は、違和感を感じた当初は飲み込んだ質問を、文乃に直接ぶつけた。 「どうしたのって? 別に、どうもしてないよ」 眉尻を下げて、文乃は答える。 何度も見た仕草なのに、どこか気品があるかのような、隠しきれない色気が漂ってくるというか。どうもしていないなんて、そんなはずないじゃないか。私は言葉をぶつけたくなるのを堪える。 「……でも、そうだね。強いていうなら、最近、『本当の自分』になれた気がするんだよね」 「本当の自分?」 文乃がさらりと続けた言葉に、私はむくむくと興味を湧かせた。 「そう。『本当の自分を内側から引き出す方法』をね、教わったの。で、それを実践してみたの。新月の日から、満月の日まで、ちょうど半月。自分でも半信半疑だったけど、なんだか、新しい自分に変身したような心地になれたの。それからかな、なんとなくいい変化があるのは」 本当の自分。 文乃が言うには、人は誰もがその人本来の実力、魅力を、引き出せていない。自分でも知らない、内なる『本当の自分』を引き出すことができたら、 まるで生まれ変わったかのように魅力的な人間になれる。そのための方法をとある筋から聞いて、実践してみたのだという。 なんとも胡散臭い、人の変身願望につけこむ詐欺のようにしか聞こえない話だ。 でも、現に目の前に、成功事例がいるのだから、信憑性はある。何か高額な商品を売りつけられる、というわけでもない。 「うん、もちろん、チズにも教えてあげるよ。やってみなよ、ぜひ」 快く私の申し出に承諾する文乃。 そう、親友の変化の正体を、違和感の源泉を、私自身で検証する。 文乃が、ある日いきなり変身を遂げた原因を。 そして、私自身も。 彼女のしたように変身できたなら。 文乃が変わらないままに変わる前は、どちらかというと私のほうが二人の主導権を握っていたくらいなんだし。 あの子にできて、私にできないはずがない。 私は、本心を秘めたまま、ありがとうと笑顔を作って感謝を述べた。
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