危険な駆けっこ

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 一人の若い女が、街中を軽快に走っている。ファッショナブルだが動きやすい服装。そして、足元はといえば、ランニングシューズだった。 「お嬢さーん! お嬢さん!」  その女を追いかけて、一人の男が駆けて来る。どうやらジョギング中だったらしい。女より少し年上といったところか? 「あれ?」  さすがに、女も気付いた。 「お嬢さーん! お嬢さんったら!」  男が女に並走する。 「私ですか?」 「そう、あなた!」 「なんですか?」 「いや、お嬢さん、走ってないで、立ち止まってよ」  女にそんな素振りはない。 「嫌です」 「ええっ? いや、お嬢さん、これ、落としましたよ」  男は、先ほど拾った箱のようなものが入っているらしい大きな茶封筒を指し示した。 「お、落としてません!」  女はきっぱりと否定したが、 「いーえ、落としました」  男は譲らない。 「落としてませんったら!」 「いーえ、落としました。私、ハッキリ、見ましたから」 「自信満々ですね」 「はい、これは、間違いなくあなたが落したものです」  女も観念したようで、 「それ、要りません」  と言った。 「はぁ?」 「それ、要りませんから、あなたが捨てて下さい」 「嫌です。自分で捨てて下さい。責任持って」 「うるっさいなぁ! あんたが捨てろ!」  女が怒った。それは、何か焦っているようでもあった。 「嫌ですね。そういうの嫌いなんです」 「ふんっ! それはね、爆弾なの! もうすぐ爆発するわ。早く捨てないとあなたも死ぬわよ」 「ふーん」  男は、そう言って、女の隣を並んで走り続ける。 「あなた、なんでついてくるの? 早く爆弾捨てないと死ぬわよ」 「こんな都会のど真ん中じゃ、どこに捨てても、たくさんの人が死ぬよ」 「あなたは助かるでしょう?」 「自分かわいさに人ごみの中に爆弾捨てるってのもねぇ?」  それは、女にとって、まったく予想外の言葉であった。 「馬鹿なの? いえ、ごめんなさい。あなたが立派な人だってのは分かったから、私から、離れてくれる?」 「嫌だね」 「なんでよ?」 「あんたなら、自分かわいさに、爆弾止めてくれるかもしれないから」  またしても、予想外、計算外。 「私は、ただ、爆弾を落とすだけの下っ端よ。爆弾の止め方なんて知らないわ」 「どうだか?」 「本当なの!」  道は緩やかな上り坂になった。 「なんにしても、この辺に、爆弾を触ったことのある人間なんて、あんたくらいしか居ないだろう。俺は、あんたを頼るしかないんだ」 「私は、テロリストなのよ!」 「だから、テロリストなら、爆弾の止め方くらい……」 「知らないのよ!」  叫ぶ。 「しかし、爆弾はもうすぐ爆発するんだろう? 警察を呼んでも、とても間に合うとは思えない」  男は冷静だ。 「そこは、普通、警察を呼ぶでしょう?」 「あんたが言ったんだ。『もうすぐ爆発する』ってな」 「それは、噓だと言ったら?」 「信じる馬鹿がいると思うか?」  女に冷静さが戻る。 「あなた、私を女だと思ってナメてるんでしょうけど、テロリストの体力をナメない方がいいわよ」 「あんたこそ、俺をナメてるだろう? 俺は、昔、箱根駅伝で5区を任されていた男だ。日頃のトレーニングも欠かしちゃいない。振り切れると思うな」 「それ、本当?」 「信じる、信じないは勝手だ」  なんとか言いくるめようと考えを巡らせる女。 「とにかく、警察に任せるのが常識でしょう?」 「まさか、かけっこしながら、テロリストに常識、説かれる日が来るとはねぇ」  揺るがない男に、女は半ば呆れた。 「あんた、なんなの?」 「さぁ、なんでしょう?」 「チックショー!」 「お口が悪うございますわよ」  道は下りの大きなカーブになった。 「あなたは、なんで、そんなに余裕なの? あ、爆弾の話、信じてないの?」 「冗談でこんなに必死に走る女はいないね」 「普通、自分かわいさに爆弾、捨てるでしょう?」 「普通なんざ、くそくらえだ」  女は、身の不運を嘆いた。 「なんでなの? なんで、あんたが爆弾拾うのよ? 私は、このミッションで英雄になるはずだったのに!」 「何十、何百という命を奪った英雄かい?」 「平和ボケしたあんたたちに言われたくない!」 「おいおい、しっかりしろよ。俺が何人に見えてるんだ? 『たち』ってなんだよ? 『たち』って?」 「違う! 私たちが戦っているのは……」 「余裕だなぁ? 『私たち』と『あなたたち』なんて、忘れろよ。自分と今、目の前にいる、クソ憎ったらしい男とのかけっこに集中しろよ。でねぇと……」  息を吸う。 「死ぬぜ」  女の……、足が止まった。 「『私』と『おまえ』の?」  肩で息をする二人。 「ああ、そうだ」  玉の汗が落ちる。 「『私たち』ではなく、『私』?」  早鐘の鼓動が……、 「そうだ。おまえは、生きるのか? 死ぬのか? 自分で選べ」  生きていると……。 「私は……、生きたい」 「爆弾、止められるか?」 「止められる。貸せ」  差し出された包みを、ひったくるように……。 「……警察、呼ぶぞ」  スマホを取り出す。 「……おまえは、ひどい男だ」 「今さら、だな」 「ああ、そうだな」
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