自転車に乗れない子ども・ライン

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自転車に乗れない子ども・ライン

ラインは、イガグリ頭が似合う、そばかすがチャーミングな子どもです。 踏み潰されても立ち上がるカニ座の精神で苦手を克服している最中です。 へその緒のスタートラインを切り、四つん這いから歩けた日には、人の喉を感動で詰まらせました。 ラインは、出来る事が一つ増える度にゴールラインを切った気分になり、自分は何でも出来ると信じていました。 しかし、出来る事があれば、出来ない事があります。 その日、ラインは、飾り付けがされたリビングで、6つ目の誕生日ケーキにかぶりつき、鼻にホイップクリームをつけていました。 父親からプレゼントがあると言われて、家の外へ出てみると、そこには艶のある自転車が、ハンドルに真っ赤なリボンをつけて待っていました。 この自転車に乗れば、山道でつかれずに、隣町に行けます。 嬉しそうにリボンを解き、父親に言われた通りにハンドルを握り、自転車に跨ります。 父親は自転車を支え、ラインは足をペダルに置き、前へと漕ぎ出します。 しかし、父親が手を離した途端にバランスが崩れて、ガッシャーン。 自転車ごと転びます。 ヘラヘラと立ち上がり跨りますが、手を離されると、またガッシャーン。 夕暮れ時にカラスに鳴かれてじわじわと悔しくなります。 父親は、誰にだって苦手なものは、一つや二つ、探せばもっと見つかると慰めますが、子どものラインにとっては、大変落ち込む事です。 自分に、苦手な事が一つ出来たと泣きたくなります。 父親が手本を見せてやると、軽々と自転車を乗りこなす姿を見て、なおさら我慢していた涙がポロポロと溢れてきて、家の中に逃げ、母親に抱きつきます。 母親は、驚きながらも、状況を察して、我が子の頭を撫で、やっと泣き止んだラインに、「自転車に乗れなくても、脚があるから大丈夫」と言い聞かせます。 ですが、自転車は子どもにとっての車で、大人が車に乗れると便利なように、乗れないと、大変不便でした。 ある日のことです。 ラインは、友だちから遊びに誘われます。 友だちは買ってもらったばかりの自転車に乗りたいのか、行き先は、小さな遊園地があるという隣町です。 そこへ行くには、山道を通る事になるので、自転車に乗れないラインは、当然、歩きなので、つかれてしまいます。 それに以前、父親の自転車の後ろに乗り、山に入った時、山道が真っ赤に燃えて段々と暗くなっていく様子が不気味だったのです。 あんな場所を夕暮れ時に一人で歩くなんて、自転車に乗れないラインは気乗りしません。 しかし、ここで断ると友だちとの距離が離れていくように感じ、ラインは仕方がなく、行くと返事をしてしまいました。 隣町に行く日。 朝、家から出てガレージを横切った時、置いたままにした自転車が眼に入ります。 両親が、真っ赤なリボンを付け直したのか、赤色が目立ちます。 まるで信号機が止まれと言っているかのようですが、ラインは、そっぽを向いて家から離れていきます。 山の入り口に着くと、二人の友だちが自転車を止めて話をしているのが見えます。 三人来ている筈ですが、もう一人が見当たりません。 友だちは、ラインが歩いてきた事に驚きます。 自転車に乗らずに山道に入るのかと心配します。 ラインは、自転車を買ってもらえなかったと嘘をつき、もう一人の友だちは?と話を逸らします。 訊くと、あの子は用事が出来て来れなくなったと言いますが、ラインは、その友だちの事が少しだけ羨ましく思い、自分もそう答えれば良かったと思いました。 ラインは、「自分は後ろから走って追いかけるから」と、平気なふりをし、「自転車に乗れない」とは言えません。 友だちはラインの事を心配しながらも、自転車に跨り、地面を蹴りながら山道へ入っていきます。 ラインは、その後ろを息を切らしながら走ります。 友だちは風を切りながら走るので、その距離は段々と離れていきます。 先の方で自転車が止まります。 ラインは、友だちに「先に行って」と、叫びました。 友だちは、手を横に振ります。 友だちが見えなくなると、道の端に座り込んで脚を休ませます。 すると、後ろから足音が聞こえてきます。 振り返るとまだ足音は聞こえていますが、目の前には帰り道が続いているだけで、誰も見当たりません。 不気味さが漂い、段々と怖くなります。 ラインは、よろけながら立ち上がると、友だちを追いかけて、全速力で走り抜けました。 山道の出口に着くと、近付いてきた友だちからは、汗がびっしょりな事に驚かれます。 友だちからは、「つかれていないか?」と心配され、「つかれていない」と、食い気味に答えます。 先ほどの事は、言えませんでした。 隣町に着くと、3人はカラフルなお店を周り、小さな遊園地に向かいます。 楽しい時間はあっという間に過ぎていきます。 回転木馬から降りて、ふと時計を見ると、針が帰る時間を指します。 ラインは、友だちの服の裾を引っ張り、帰ろうと促します。 友だちは、遊園地の出入り口付近で見つけた的当てに夢中なので「あともう少し」と一緒には帰ってくれません。 このまま待っていたら、夕暮れが降りてきます。 ラインは、手を離すと、頬を膨らませ、じゃあ、先に帰るから」と、不機嫌そうに走り出しました。 急いで山道に入ると、まだ明るく、夕暮れ前には抜けられそうです。 出口を目指して走ります。 すると、後ろから自転車を漕ぐ音が聞こえてきて、ガッシャーン。 振り返ると、ラインと同い年くらいの男の子が目の前で自転車ごと転んでいます。 驚いて駆け寄り、自転車を立て直していると、夕暮れが降りてきます。 ラインは、夕暮れ時に山にいるのは怖いからと、男の子の事を気にしながらも帰ろうとします。 すると、男の子が自転車を押しながらついてきて、「お前とは帰る方向が同じだ」と隣に並び、少し歩いてから訊いてきます。 「お前は何故、夕暮れの山道が怖いんだ?」 ラインは、こんな状況で平然と質問をしてくる男の子に、少し戸惑いながらも、「普段は見えていないものが、見えてきそうだから怖い」と答え、男の子は、自分の場合は逆だと言い、「普段は見えているものが、見えづらくなるから怖い」と話します。 真っ赤に燃えている山道を2人で抜けようとすると、男の子が、突然、立ち止まります。 ラインは、「どうしたの?早く帰らないと真っ暗になるよ」と焦ります。 男の子は、「本当は俺の家、そっちには無いんだ、お前が怖がっていたから、ついてきてやっただけ」と、自転車に跨り、クルリと向きを変え、風のように走っていきました。 しばらくすると、二人の友だちが自転車に乗って山道から出てきます。 ラインは、友だちに、「誰かとすれ違った?」と訊きますが、友だちは、顔を見合わせて、首を傾げます。 山道の方を見つめていると、友だちが、「早く帰るぞ」と呼んでいます。 ですが、ラインは、山道で出会った男の子の方が気になり、もしかしたら本当の友だちになれるかもしれないと思いました。 次の日。 ラインは、山道で自転車に乗り、ペダルを漕いでは、バランスを崩して転んでいました。 すると、後ろから自転車を漕いでくる音がして、キキッーとブレーキ音がします。 振り返ると、あの男の子がいます。 男の子は、「お前も自転車に乗れなかったのか」と笑います。 ラインは、「うん」とうなづき、自転車に乗れるように、何度も転びます。 男の子は、危ない様子を見かねて自転車を支え、ラインは転んでを繰り返し、夕暮れが降りてきます。 しかし、何度やっても自転車には乗れません。 弱音を吐こうとすると、男の子が肩を組み、「今、お前は夕暮れ時の山が怖いか?」と訊かれ、ラインは、首を横に振り、「そうだ、もう怖くねぇだろう、こんな風に、苦手は克服出来るんだ」と元気付けてくれます。 ラインは、この支えがあれば、自転車に乗れる気がして、つかれながらも自転車に跨ります。 すると、夕暮れのせいでしょうか。 目の前に、ピンと張った光る線状のものが見えてきます。 ラインは、自分の言葉を思い出します。 夕暮れ時の山道が怖いのは、普段は見えていないものが、見えてくるから‥。 ですが、もう怖くありません。 あれは今までは見えなかった、「ゴールライン」 あのラインを切れば、苦手が無くなる。 ゴールラインの向こう側には男の子の姿が見え、ラインが来るのを待っています。 その表情は、なぜか不安に満ちています。 あの表情を期待に変えたい。 ラインは、地面を蹴りながらペダルを漕ぎます。 車輪を回して回して、まわして、 ブッシャ。 風の速さで、首からゴールラインを切りました。 気がつくと、あんなに苦手だった自転車に乗れています。 風に乗っているからか、ペダルを漕がなくても走れます。 眼の前には自転車に乗る男の子の姿が見え、ラインは、その後ろを追いかけました。 木と木に繋がれた鉄色のラインには、血と汗が滴り、夕暮れに光り、遠くで車輪がゆっくりと止まります。 これで苦手がなくなったのです。 ラインは、苦手を克服出来る しあわせな子どもでした。
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