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クロードが開くオークションの責任者の一人に抜擢された時は、只々、身が引き締まる想いがした。その豪奢で華麗なオークションは、いつも亜美を興奮させたものだ。
必死でクロードの後姿を追った。彼が率いるオフィスの中にあって、一歩でも彼の近くに行きたかったのだ。
彼に認められ、親しく言葉を掛けられる事がどれほど誇らしかったことだろう。まるで父親のような包容力で接しながら、それでいて気楽な態度でベッドに誘う悪戯好き。
小粋なパリジャンのクロードには、何でも打ち明けられた。北條との恋の終わりも、ハミルトンに良いように利用された後悔と心の痛みも、クロードはいつものチョット毒のあるエスプリで受け流してくれた。
北條に感じた燃えるような情熱とは違う、それは身体の関係抜きで、大人の男の深い懐に抱かれて甘える喜びだった。
そのオーナーと部下の境をウッカリと踏み越えたばっかりに、大事なものを壊してしまった。
今になって、あの時になぜクロードの胸に飛び込んでしまったのかと、深い後悔を感じている。
側にいるだけで、充分に幸せだった。
香乃子が言っていたっけ。
「強欲は卑しい罪」だと。神の前に首を垂れて許しを請うべきなのだろう。だから、この先に待っているクロードとの別れも、もう直ぐミツコの夫になるクロードを欲しがった亜美の強欲に、マリア様が与えたもうた罰。
瞬きをすると、涙が零れそうだった。
船員が明けてくれたドアを抜け、部屋の中に足を踏み入れる。
後ろでドアが靜に締まった。
床に敷き詰められた豪華で厚いペルシャ絨毯の中に立つと、俯いてクロードの言葉を待った。
『亜美、話がある』、しゃがれたクロードの声が、俯いた亜美の耳に届いた。その低いしゃがれ声は、いつもの粋なクロードとも思えぬ歯切れの悪さだった。
言いたいことは山のようにあるのだが・・クロードの頭の中は真っ白で、何一つ言葉にならないのだ。
何か言わねばと焦れば焦るほど、顔が強張るばかり。優しい言葉が出てこない。
『僕を見てくれ』、フランス語で言われて顔をあげた。何時ものように日本語で話し掛けてさへもらえない。
寂しさに心が縮む。
だが気取られては、クロードの負担になると、自分を叱った。
亜美は、目の下の隈もみられたくなかった。もう四日も寝ていないのだ。
だがそっとクロードを見て、彼の憔悴ぶりに息を呑んだ。
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