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震える亜美の身体を引き寄せたクロードから、またしわがれた声が聞こえてくる。
『僕のための涙だと、そう思っていいのだろうか』、不安そうな声だ。
強く肩を抱いて引き寄せたクロードから、特別に調合させた彼だけのエキゾチックなコロンに混ざって、クロードの肌の匂いが亜美の鼻孔にひろがった。
ヒリッと、痛みが胸を襲う。
「どういう事なの・・」、亜美の声が躊躇っている。
クロードは強引に、一歩を進める決心をした。無理矢理に抱き寄せる彼の胸に顔が埋まり、言葉が続かない。
溢れ出た涙が、彼のスーツの布地に吸い取られていく。
『シミになるわ』、亜美がクロードを押し戻そうと、力なく彼の身体を押した。
亜美の手を握りしめると。
『間違ってなどいない。だから、サインしてくれ』、言い聞かせるように、耳元で囁いた。
ソレでも動かない亜美に焦れた。
「今すぐにだ」、今度は日本語に切り替えた。不安で、心細さが爆発しそうだった。
「僕は君よりも、ニ十歳近くも年上だ。しかも男が好きな男だと、評判も良くない」
自分の不利な条件を口にする。
「しかもミツコという語学音痴な万年婚約者を、二年も飼っている男だ」
「だがそれも、今日で終わりだ」
だから、婚姻届にサインしろと迫った。
『なぜ・・』、震える声で聞いた。
亜美が欲しいの一点張りで、要領が得ないクロードの言葉が途絶えた。
『僕のことを、どう思っている』、朴訥と話すクロードが謎。いつもの陽気で悪戯好きなパリジャンらしくないクロードに、面食らった。
強く掴まれた肩をいきな揺すぶられて、彼の手荒さに驚いた。
「あなたこそ・・、ワタシをどう思ってるの」と聞く亜美の言葉に、いきり立ったクロードが、今度は強引なキス攻撃に出た。
驚きと喜び。もしかしたら・・と、淡い期待まで生まれる。
そこにいるのはいつもの遊び慣れたパリジャンのクロードではない。朴訥と愛を求める男、女に拒絶されることを恐がっている、ただの男がいた。
そっと抱き返すと、クロードの髪の中に指を差し入れた。そのまま指が彼の髪を優しくつかむとクロードの顔を引き寄せる。
強引なキスが、熱烈な情熱のキスの変わっていく。
どれほどの時間が経っただろう。
二人は唇をはなしたが、そのまま頬を付けて熱い抱擁を続けていた。
『サインしてくれるね』、クロードがまた耳元で囁いた。
コックリと、亜美は頷くのがやっと。
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