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序章 クーデンホーフ=カレルギー・ミツコ の如く
1・
秋の日差しは、どこまでも透明でクリア。
それが陶器のような光子の滑らかな白い肌を、より一層輝かせる。
青山光子・三十四歳、独身(離婚歴アリ)
実家は東京近郊の地方都市で、青山住建という建築会社を経営している。曾祖父が起業した会社で、祖父が中堅どころの建築会社に育て上げ、長男だった父が跡を継いで社長になったという、典型的な一族会社だ。
その青山家に生まれた子供は二人。
姉の光子と、妹の瑠衣だ。
「一姫二太郎」の諺を信じていた両親と祖父母は、光子の次に生まれる子供は男の子だと、勝手に信じ込んでいた節がある。
跡継ぎの男の子を期待していたのに、生れて来たのは残念ながらまたしても娘だった・・というのは良くあることで。しかし両親と祖父母の落胆は、とても大きかったようだ。
男の子のために用意した【瑠偉】という名前を、漢字の一字を変えただけで。娘に【瑠衣】と命名したほどの落胆ぶり。
しかも幼い頃から美少女の誉れ高かった光子と違い。五歳違いの瑠衣は、まったく普通の子供だった。
両親は当然ながら、姉の光子を溺愛した。
母は常々。光子となずけたその由来を、彼女に語って聞かせたものだ。
「光子と言うのはね。明治時代にオーストリアの貴族に嫁いだ、青山みつという素敵な女性の名前なのよ」
それがその話を始める時の、母の常套文句で、枕詞のようなモノだった。耳に胼胝が出来るほど、何度も聞かされたセリフである。
そのクーデンホーフ=カレルギー・光子(旧名は青山みつ)は、明治時代にオーストリア=ハンガリー帝国の貴族であったハインリヒ・クーデンホーフ=カレルギー伯爵に嫁いだ商家の娘である。
父の名前は青山喜八。もとは油商人で、骨董商も営む大地主だった。「その商家に生まれたみつを妻に望んだ伯爵は、そうとうな結納金を積んで妻に迎えたそうよ」と、母が話してくれたのを覚えている。
真偽のほどは不明。いたく怪しい話だが、その話しは光子の心に深く残った。
「伯爵にね。オーストリアに帰還命令が出た時には、明治天皇の皇后がみつを宮中に呼んで、頑張れというエールのお言葉を賜ったんですって」、夢見る様なウットリとした顔で、母が何度も語った話である。
「ねぇ、凄いでしょう」
「お船で何カ月もかけなきゃヨーロッパに行けない頃にね、ハンガリーに大きな領地を持つ伯爵の奥方様になったのよぉ~」、いつもその後で溜息をついたものだ。
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