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彼女は抱きしめる手をほどくと、早口で何かを言っている。
「時間が無いんだって」
零ちゃんは私を指して何か言った。
ingleseと言うフレーズは聞き取れたので、英語は何となくわかるとでも言っているのだろうか。
すると彼女が、ゆっくりと英語で話し始める。
「あなたに渡すものがある」
そして渡されたのは、大きな鞄だった。
中を見ると、一つの額縁が確認できた。
「これはドルフ.Rの作品。私が最後まで持っていたものの一つ。あなたに持っていて欲しい」
取り出して眺めてみる。
描かれていたのは、一面の紫の桜の花。
花弁が舞う中に、一人佇んでいる女性がいる。横顔で遠くを見つめている、黒髪の女性。
顔の半分は手で隠されていて、はっきりと顔の造りまでは見えない──だけど、これが誰なのかはわかる。
──お母さんだ。
この指の曲げる角度や、見つめる瞳の瞼の細張る感じも──生きてた頃の、母そのものだったのだ。
「It’s the real McCoy.」
正真正銘の本物だと言って微笑んだ。
「……だろうな」となぜか零ちゃんが呟く。
「俺のレプリカは警察に押収されてるだろうからな」と。
はっとして零ちゃんを見る。
零ちゃんは目を細めて「今思えば……紫さんそのものだったな」と、そう呟いていた。
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