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彼はそのままリビングの隣にあるサンルームの片隅で作業を始める。山のように積み上がった絵の具から、使う色を選んでいるようだ。
私はワインを飲みながら、ソファーの肘に頭を置いて座って、その様子を見ている。
六角形が飛び出たような小さいサンルーム。
昼間は大きな窓から光が差し込み、明るく照らす場所。
そこが、彼の居場所だ。
一応自分の部屋もあるが、彼は家に居る殆どの時間をそこで過ごしている。勿論寝る時も、サンルームの片隅にあるソファーで寝ていることが多い。
彼は筆に絵の具を付けると、一気にキャンバスを染め上げていく。
手を動かす度に、鮮やかな色が浮かび上がり、それは何年も見ていても、魔法のように美しいと思う。
私はそれを眺めながら、ソファーに足を投げ出して寝転ぶ。
しばらくすると酔いが回ったのか、瞼が重くなり視界が暗くなる。
真っ暗な世界の中で、テレビの音に紛れてながら──静かに筆の動く音が、遠くに聞こえていた。
「杏南」
「ごめん零ちゃん、もうちょっと……」
彼は私に触れるでもなく、大きな吐く息を聞くと、私の身体に毛布をかけた。
近いけど、決して触れることはない。
それが──私達の距離感なのだろう。
彼の名前は、鏑木零司。
31歳。職業は──画家。
私の名前は、鏑木杏南。
21歳。一応形式的な──彼の妻だ。
今日は私達二人の結婚記念日。
今年が四回目。
そして私が人生で、一番悲しかった日から四年でもある。
今年もまた、何も変化が訪れないまま……この日が過ぎ去っていった。
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