始まりはミナソコから

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始まりはミナソコから

『芸術は金持ちの道楽だ』 そんな言葉を聞いたことがある。 確かに貧乏であっても、優れた芸術家というものは沢山いるだろう。 だけどお金があることで、より恵まれた環境に身をおく事が出来る。それも事実であると思う。 お金に追われることなく、心身に余裕を持って腕を磨く。それも才能の一つなんじゃないかと、そう思っている。 なぜなら私の母は、まさにその通りの人だったから。 私の母、宮本紫(みやもとゆかり)は古物商で一代で財を成した家に産まれた。 その母は美術品に囲まれた絶好な環境で、芸術の感性を磨いて絵画の道へ進んだ。 ありったけの時間を芸術へと費やし、全てを自分のものにしていった。 その結果、美術展へ何度も入選するほどの才能を開花させて、本場のイタリアへも留学した。 だけどある日、突然日本へと帰ってきた。 なぜなら子供を身籠っていて……そうして産まれたのが、私だったりするのだ。 だから私には、父親はいない。 生物学上の父親は、恐らくイタリアで付き合っていた人物なのだろうけど。何も語ることはなかったし、未だに戸籍の父親欄は空白のままだ。 母は私を出産後、絵を描く傍らで美術教室の先生を始めた。 この教室が意外と好評で、結果親の援助もなしに生活していたらしい。むしろ祖母がその事を詫びていた記憶がある。 記憶にある母と二人の生活は、全く不自由はなかった。確かに少しだけ、他の『お母さん』よりも忙しい人だったと思う。 だけど私は、大好きな母と二人だけの世界がすごく楽しかった。 母はお嬢様に似つかわしくない、ざっくらばんとして竹を割った…むしろ割りすぎたような性格だったが、いつも明るくて笑顔を絶さない母が大好きだったのだ。
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