監督就任

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 そのとき、廊下を走る丸坊主の少年がちょっとした段差につまずいてそのまま派手に床に倒れ、鈍い音が響き渡る。金井は思わず身を退けた。床に体が勢いよく叩きつけられると転んだ本人より周りが驚くものだ。 「大丈夫か、大野」 「すみません、今補習が終わりまして」  大野雄大は素早く立ち上がると制服に付着した埃を払い照れ隠しのように鼻をかいた。 「元気がいいことは素晴らしいが、廊下は走るな」  金井の言葉に雄大はお説教が始まると思い、苦笑を浮かべる。 「すみません、気をつけます。でもグラウンドで太一を待たせているのでこれで失礼します」  風のように玄関に向かって走り去っていった雄大を二人は、呆気にとられたように見送った。 「本来なら、厳しく注意しなければならないが、彼のような生徒がもっと増えたらと思ってしまうな」 「そうですな」  元気な部員を見るのは楽しい。特に相手が野球部員だととても頼もしく感じる。昔は男のスポーツと言えば野球で、どんな高校球児でも甲子園を目指してひたむきに汗を流していたことを懐かしんでいるのかもしれない。 「野球部の件、高野連にはどう伝えますか?」  泉主任は振り返っていった。  金井の顔が曇る。 「やむをえないだろう、単独で出場することが出来ない以上、しかし2年連続で棄権するわけにもいくまい」  そう言って踵を返し校長室に足を向ける。 「やはり三校の合同チームでの夏の大会出場になりますか」 「そうなるな」  校長室の室内にある中央にしつらえた野球部応援セットのテーブルに、創立五十周年記念に新調したユニフォームが置かれていた。オフホワイトの生地に黒の縦縞、胸には桜の花のエンブレムがよく映えている。 「なんでもいいんだ。私は彼らに勝利の喜びを感じてほしい」 「だからって、校長が指揮をとらないこととなんの関係があるんですか」 「私が監督を引き受けたって万に一つの奇跡は起こらんよ」 「それでいいのですか、提携を結ぶとはいえ見ず知らずの大学生に監督を任せるというのは」  泉主任が前のめりになりながら言った。 「だからある条件つきで提携を結ぶことにした」  若干色素が薄くなったしろ髪を撫でながら、金井は頷く。 「この夏を持って我が高校の野球部は廃部とする。私は部長として生徒たちの最後の夏を見届ける」  金井はそう言って真新しいユニフォームに目をやった。
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