3. 羊

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「はい、一つ質問があります。」 手を挙げて訊いてみる。 「え、何?」 どうやらおかわりを注ぎに行きかけていたらしく、ちょっと遠くから返事が聞こえてきた。 「あのさー、何であたし?」 「は、何があたし?」 希彦があたしだって。あはは。 「陽気な酔っ払いだな、全く。」 面白そうな声が近くで聞こえた。戻ってきたらしい。 「だからあ、山ほどモテてやけぼっくいまである希彦センセが、」 「やけぼっくい気に入ってるね、何だか。」 「うん、ほら滅多に使えないじゃん?その言葉、だから。」 えへへ、とかまた勝手に笑いが込み上げてくる。 「ともかくさ、そんな君が何で私なのかなあと思って。」 ああ、もうほんとにこの人MRI予約してやろうか、とブツブツ聞こえてくる。 「そういう絵梨花は俺で良いのか?」 なんか耳新しい。 「あれ、初めて訊いたっけ、これ?」 そうだったかなと首をひねっている。 「何で?だって好きだよ、由良の何もかも。由良“で”、じゃなくて、由良“が”。だからやけぼっくいの話聞いた時、胸に来た。すごくズキンと。いやあショックだったわ、ほんとに。」 口が勝手に喋ってる。でもいいか、気持ちいいし、なんか緩んでるし。 「バカだよね、ほんと。自分で訊いといて勝手にショック受けたり。昔の恋人相手になに嫉妬とかしてんだって話。ほんっと幾つになってんだか。あ、お水、もっと欲しい。」 黙ったまま、またグラスが出された。あれ、早い。やっぱり冷たくて美味しい。 「由良、由良いる?」 「いるから、ここに、あなたの傍に。」 そう言って腰に手が回された。 「甘やかされてるよねえ、全く。ねえ由良くん、」 「ん?」 「君は優しいです。良い子。」 由良の硬い髪の毛をわしゃわしゃと撫でる。ちょっと、とか言われてるけど気にしない。 「でもさあ、言わないんだ、そんなこと絶対。口が裂けても。」 「は?え?そんなこと?」 「あはは、なに驚いてんの?可愛い。」 もっと頭を撫でようとした手を押さえつけられた。 「何を言わないのか教えて。」 「ん?今言ったこと全部だよ?由良の何もかもが好きってこと。昔の恋に嫉妬するくらいに。でも言わないの、死んでも。」 「何で?」 「だって由良くんは狩人ですから。エッホエッホって槍抱えて。」 エッホエッホ?どうやら二の句が告げないらしい。 「うん、で仕留めた獲物は屠っておしまい。また次にエッホエッホ。」 静かになっている。気持ちが良くて口が止まらない。大演説でもぶってる気になる。 「だからね、そりゃ最後は絶対に仕留められちゃうんだけど、でもそうしたらさっさと次に行かれちゃうでしょ?だからさ、出来るだけ引き延ばすの、最後の日を。死刑執行猶予みたいだよね、なんか。でもさあ、ほんとはすっごく怖いんだよ。毎日毎日ね。いつまた貴久の時みたいになるんだろうって。だから気持ちセーブするの、自分が生き延びるために。じゃなきゃ生きて行かれないからねー。」 なんか情けないよねえ、大好きな気持ち言えないなんて。で、言えないまま去って行かれるとかって。何で私なんかに目を留めたんだろうってほんと何百回も思っちゃう。由良のバカたれ、大バカ野郎。 「はいはい、すみませんね。」 優しい声があやすように降ってくる。うん?何だろうよくわからないけど、でも気持ちいい。ウールが頬に当たってそこだけ陽だまりのようだ。 「羊、仕留めたの?」 あははと大好きな笑い声が響く。何だろう、どうして心が鷲掴みにされたような気になっているんだろう?嬉しくて安心しているのに、涙が溢れる。
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