79人が本棚に入れています
本棚に追加
例えば昨夜だ。
珍しく二人揃って日勤かつ翌日がオフというスケジュールだったので、仕事帰りに待ち合わせをした。多少羽目を外してお酒をおかわりして、美味しく食事をして希彦のマンションに戻ってきた。希彦のマンションは、私の家を通り過ぎて少し上野寄りにある高層マンションだ。なるほど同じ1005室だったけれど、20階まであるので丁度真ん中のフロアで、おまけにロビーがホテルみたいで、初めて行った時にはえらくびっくりした。うちのマンションのロビーを誉めていたのは一体何だったんだ。
ほわっとお酒が回ってそのいい気分のまま部屋に上がると、靴を脱ぐので外していた手をまた繋がれ、そのまま洗面所に一緒に行った。手を洗って、私が先にシャワーを浴びて出てくると、ローテーブルにワイングラスが二つ置かれていて、冷蔵庫にある赤でも白でも好きな方を開けていいと言われ、それとは入れ違いに希彦がバスルームに消えた。
やっぱり翌日がオフと言うのは本当に気が楽で、何となく二人ともゆったりした気持ちでグラスを重ねた。気がつけば私は希彦の腕の中にいて、安心したまま唇がうなじに押し当てられるのを感じていた。温かくて少しくすぐったくて。その時はまだグラスからワインをすすっていた。
秋にふさわしい軽い赤。綺麗な明るいラズベリー色のそれを口に含んだ途端に唇が吸い上げられ、喉が鳴ったのは希彦の方だった。
「ふうん、絵梨花を通すとこのワイン、こんな味になるんだ。」
そう言って口角を上げる唇がいつもより艶やかで眩暈がしそうになった。
「もう少し欲しい。」
そう言われればでくのように、もう一度ワインを口にふくむ。それをまたキスで吸われる。何度か繰り返すうちに、ワインに酔ってるのか希彦に酔ってるのかさっぱりわからなくなって、でもその頃には自分と希彦の区別すら危うくなっていた。甘い吐息はどちらがついたものなのか。なかなか離れようとしない唇は希彦のものなのか私のなのか。どっちが上になっていてどっちが下なのか。
「まだもう少し…」
甘やかにねだられているのは私なんだろうか。それとも私が言った?言葉すら混沌としてくる。好きで愛している。それだけだ。そしてそれは信じられないほど切なくて満たされる。そうして闇に落ちた。
最初のコメントを投稿しよう!