6.無駄な自信と天狗

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「絵梨花、あの、大丈夫?」 ヘンなことを訊かれてる。掬い上げる様な視線を避けるように、席を立ってキッチンに行く。ここなら大丈夫。私と相棒の冷蔵庫だけだもの。その相棒に顔を突っ込んでわざと何でもないような声を出した。大きめに。 「じゃあその綿貫さん、連絡先わかるんでしょ?またその新年会で会うんだろうし、その前にきちんと希彦の口から話した方が良いと思うよ。ね、夜ご飯、何にしようか?カレーでも作ろうか。」 陽気な声に切り替えて元気よく野菜ボックスを開ける。ともかく元気に聞こえるように。 「人参、良いのがスーパーにあったから。これと、それからジャガイモ、」 人参を右手に掴んで、左手で野菜ボックスを閉めて立ち上がった。ジャガイモと玉ねぎは後ろの棚だからと振り向いた所で、いつかのように顔がセーターに埋まった。温かで希彦の香水が微かにする黒のセーターに。 「嫌なことは嫌と言ってくれ。」 くぐもった声が聞こえる。 「え?」 背中に回された手に力が加わった。 「…希彦みたいに?」 セーターに向かって呟いてみる。 「そう、俺みたいに。じゃなきゃわからない。強気なのはいい、それは絵梨花の魅力だから。でもそれと我慢するのは違う。気持ちと逆の態度、とらないで。」 こういうことを希彦が口にするのは初めてだ。とても真剣な声がする。まだ顔を見られないけれど、きっと見たことも無いような真面目な表情を浮かべているに違いない。 「名前で呼んだのはごめん。同期皆そう呼んでるからつい。でも止めるから。」 「皆が呼んでるのに、希彦だけが変えるのは…」 そんなことをさせたいわけじゃない。そうじゃなくてサラッと名前が出てきたことがショックだったんだ。まるで心の中でいつでも出番を待ってるみたいで。 「今思ってること、言ってみて。」 「えっ?」 「そのまま、ほら、はい。」 救急医は勢いでのせるのが本当に上手い。だからつい、頭がストップをかける前に口がペラペラと勝手に喋った。 「呼び方じゃない。まあ、それも確かに少しはあるけど。でもそれよりも、すんなりと出てきたその出方が。希彦の心の中にいつでもいるんだなって感じて。そっちが―」 みなまで言えるかそんなこと。頭がやっと追いついた。 「そっちが何?」 案の定詰めてくる。 「何でもない。」 「なくはないだろ。」 思わず希彦の胸のところのセーターを両手で握っていた。人参ごと。 「言ってごらんよ。」 「言わない。」 「そんなに握りしめるくらいなのが、何でもないはずないだろ。」 人参をそっと取られて、それからそれぞれの手に温かくて大きな手が覆いかぶさった。こういうのは困る。いつもみたいに揶揄うか飄々と肯定されるか、はたまた余裕で交わされるかではなくて、こんな心の中を覗くみたいなのは。止めてよ、見ないで。覗かないで、みっともないんだから。ジタバタしてるんだから。そんなの見られたくないよ。
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