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「結婚するんだろ?俺たち。」
あまりに優しい声音にどう答えて良いのかわからず、ただ目の前のセーターを見る。
「だったら素直になるの、練習し始めなきゃ。」
「素直?」
「そう。俺もそこ苦手分野だけど、でも絵梨花相手には結構最初から出してると思う。冗談みたいに言ってきたことだって殆どほんとのことだよ。」
「例えば?」
フッと空気が揺れて希彦が笑ったのがわかった。
「言わせたいのか?」
頷いてみる。
「じゃあ俺が正直に言ったら、次は絵梨花の番だよ。」
え。それは困る。ストップをかけようとしたらもう希彦は始めていた。待てない、待たない救急医だ。
「例えば絵梨花にフラれかけた直前の俺の誕生日。“最高の誕生日だ”って言ったの、あれそうだから。」
「え?でもあれ毎年言ってるって。」
「それは絵梨花が言ったんだろ?俺は言ってないよ。」
「でも否定しなかった。」
「そこはまあ、そう思わせといた方が気、ひけるかなって思って。」
あ、口角が上がった。いつもの感じが少し戻ってきた気がする。
「でもあとは絵梨花がバカにするけど、“運命”って言うのは毎回本気でそう思ってるから。」
「バ、バカにって…ごめん。照れくさいのと、希彦が私なんかにそんなこと思うはずがないって、からかわれてるんだって思って。」
「照れくさいのは別にいい、それは。でも俺は絵梨花への気持ちをからかいにしたことなんか無いよ。そこはわかってくれてると思ったけど?」
五年分の本気。あなたしかいない。そう言ってくれていた。耳にはちゃんと入っている。でも…
深く俯いてしまう。
「なに、どうした?」
どうして今日はこんなに甘いんだろう。声も雰囲気も視線も全部。うっとりしてしまう。何でこんな人が私なんか。
「まだちゃんと信じられてないの。希彦が私をって。何で私なんかってどうしても思う。私なんてねえ、」
そうだよ、私なんて―
「…七年一緒にいたって、たった一晩のために捨てられる、そんな女なんだよ。」
とうとう言ってしまった。こんなこと。誰にも、特に希彦にだけは言いたくなかったのに。
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