6.無駄な自信と天狗

7/8
前へ
/35ページ
次へ
全身に優しいキスを受けてうっとりした。 「綺麗だ」 「愛してる」 こんな陳腐なことを私相手に言ってくれるのなんて、希彦しかいない。お返しがしたい、どうしても。身体をねじると、首を傾げて怪訝そうに私の顔を覗き込んだ。優しく少し潤んでいる綺麗な瞳で。その身体をすりぬけて上になる。希彦に跨って全身にキスのお返しをする。私よりずっと大きな長い身体。頑張る身体。患者さんを瞬時に救う身体。尊い。心を込めて口づけを贈ると甘い吐息が段々と増えてきた。 「絵梨花、」 「ん?」 「今度は俺がしたい。」 耐えかねたような声がする。でも待って、まだ全然だよ?言葉の途中なのに、希彦が背を起こして急に唇を包み込む。 「ん…」 もう本当にどこからが希彦の身体でどこからが私なのか、わからない。 こんなに優しいのは初めてだった。心が素直になると、身体も何だかまろやかになるみたいだ。希彦の髪の毛や吐息が触れるだけでたまらない気持ちになる。勝負なんかじゃない。ただ好きで気持ちが良くて身体が熱くなる。素直に応えていると、 「今日の絵梨花、ほんとに可愛いな。」 と柔らかな声が降ってきた。 そうか、私が素直になると希彦も柔らかくなれるんだ。今までは殆どいつも“勝負”だった。どっちが先にギブアップするかの。それはそれでとても刺激的で満足のいくものだったけれど。でもそうではない、慈しみ合いながら繋がることは深い安堵を与えてくれるのだと、今初めて知った。嬉しくて幸せですぐにとろけてしまう。反応の速さに希彦も気付いたようだった。 「もう?」 と驚いたように訊かれて、返事の代わりに首に手を絡めてキスをねだる。 「今日は俺の株を奪うねえ。」 からかうように言ったくせに、とことん真面目なキスをされる。この人の肺活量は一体どのくらいなんだろう。
/35ページ

最初のコメントを投稿しよう!

78人が本棚に入れています
本棚に追加