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このまま帰ってしまいたい誘惑に何とか打ち勝って、重い足取りでCAFEに戻る。
ピカピカに磨かれたガラスを通して座っている姿が見える。もう険しさのかけらもないさっぱりとした表情で、長い脚を組んで携帯に目を落としている。やっぱり黒のカットソーがよく似合う。
深刻になるなんて私たちには一番似合わない。特に気持ちの奥底を見せられない相手には。だからさっきまでのことなんてさっぱり忘れたように振舞う。足がちょっと震えているけれど、深呼吸をしてニッコリしながら希彦に近づいた。
「お待たせ、急にごめんね。」
さらにニッコリ。ともかく笑うんだ。笑え。
「え?ああ、うん大丈夫。」
希彦はちょっとだけ面食らったようにこちらを見上げてきたけれど、そのまますっくりと席を立った。途端にいつもの身長差になり、何でか床が近くなったような気がした。
その日はその後同じフロアの書店を覗いて、私の大好きなアフタヌーンティーの雑貨を見て、駒沢通りを中目黒まで行ったところのイタリアンに入った。よく飲んでよく食べた。まるで何もなかったように。でも手をつないで帰る間中、この人には三年も、それも二度も付き合った人がいたんだ、そんな心の声がずっと聞こえていた。Fly me to the moonのジャジーな調べとともに。
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