2月の疾風

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踏み出してしまったー。走り出した車輪はもう止まらない。もう誰もオレを止められない。 冷たい風が剥き出しの頬を切る。いつもなら爽快になびく自慢の柔らかい前髪は、今朝出掛けに無理矢理かぶせられた毛糸の帽子の中に押し込められている。ハンドルを握りしめる両手も同様だ。いつもなら邪魔くさいと怒るところだが、今朝は特に冷えこんでいたからするに任せたのが功を奏した。身を斬る風にかじかむことなくしっかりと行く先にハンドルを向けることができる。 近くの花壇か不届な子供達が投げた石ころが所々に散らばるが、オレほどの走り手にもなるとそんなものにいちいち引っ掛かりはしない。華麗によけて見せるたび、後ろから悲鳴に似た声が聞こえてくる。 おいおいオレを誰だと思ってるんだ。毎日オレの走りを見ているくせに、女ってやつはしようがないぜ。 左手をチラリと見ると、必死についてこようと地面を蹴るタクマの姿がいつもより近い。近所のよしみでオレが弟子にしてやったかいがあるってもんだ。あいつはまだまだ早くなる。 でも今はまだオレには到底及ばない。さっきからオレは地面に足などついてない。ハンドルすれすれに体を倒した前傾姿勢で風を切る。流線形ってやつだ。 もうゴールは近い。ここからは傾斜が緩やかになってくるからこれがノってるスピードを活かせるんだ。 視線を前に戻し、最後の数メートルを下りきった。 ゴーーーーーーン ゴールの柵にタイヤがぶつかり響く鈍い音。少し遅れて追いついたタクマは、いつも通りぶつかる前に怖くて足をついた。情けないやつだ。 オレの愛車、赤いストライダーもみじ号はそう言ったわけで傷だらけだがそれもまた男の勲章だ。今日もよく走ってくれたな。そう思って愛車を撫でたオレは突然宙に浮いた。後ろから紅葉に抱き上げられたのだ。 「こら!坂道は危ないから飛ばしちゃダメっていつも言ってるでしょ!!もう男の子ってホント話通じないんだから。」 その話はもう耳にタコだぜもみじ。いや、ママ。それが男ってもんなんだ、そろそろ腹をくくってくれよ。 ニヒルな笑みをくれてやると、何を勘違いしたかママも微笑みながら頬を寄せてきた。全く、オレがいないとダメなんだなママ。仕方がないから今日のところはここまでにしてやるよ。ちょうど腹もへってきたことだし大人しく抱かれたままにしてやって、俺たちは公園を後にした。 ママの肩越しに心臓破りの坂を見ながら心に誓う。 明日もまた、最高の走り見せてやるぜ。あばよ。
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