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「高村さん、悪いですよ」  美樹の弁当を受け取った真は、困り顔で弥生にそう言ってきた。  その困り顔が何だか犬が困った時の顔に似ていて、自然と笑顔になってしまう。 「いいのよ……、余りものだけど、食べて。味はまあまあだと思うし、量もまあ適当かな。それとも、迷惑だったかしら……」 「いえ……、そんなことは……」  真の頬が薄い桜色に染まる。  そんな顔を見て、弥生は自分の頬が染まっていないか心配になった。 「じゃあ、良かったらお昼休みに食べて。お弁当箱は私が家に持ち帰るから、ロッカーにでも入れておいて」 「あ、はい……。すいません、何だか」 「いいのいいの、それに真君一人暮らしでしょ?自炊とかしてる?」 「いや、もっぱらインスタントとかコンビニの弁当ばっかりで……」 「じゃあ、たまには栄養のある物食べないと、ね。まあ、そのお弁当が栄養あるかわかんないけどね」  自嘲気味に笑うと、真もつられて笑顔になる。 「いや、ほんとありがたいです。ありがとうございます、高村さん」 「いいのよ。じゃあ、私休憩終わりだから」  そう言って休憩室から出る。  出た所で思わず拳を握った。  嬉しくてたまらない。  胸を支配するのは、甘い感覚のみ。  真が喜んでくれた。  真と話せた。  真と……。  全てが真絡みの嬉しさだった。  朝方胸の中に存在していた斑模様の気分は今は全て甘い感情に塗りつぶされている。  感情だけではない、美樹の事も、洋介の事も、今、弥生の胸には無い。  甘い感情は、全てを染めて弥生を酔わせる。  酔いながら落ち行く海は妙に心地いい。  でも、まだ酔いたい。  酔いながらもっともっと沈みたい。  この感情の海の中で溺れたい。  溢れ出る欲望を抑えながら、弥生は休憩が終わったことを結城に知らせる為にレジカウンターへと足を向けた。
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