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 その日、真から弥生にメッセージが入った。 『お弁当、ありがとうございました!美味しかったです!いつもお世話になりっぱなしですみません。何時かお返しさせて下さい』  一切の絵文字が無いメッセージ。でも、逆に『本当にそう思っているから』絵文字が入れられないのだろう。誇張ではない等身大の言葉で礼の言葉を並べる真が、かわいい。 『気にしないで、真君。こちらも娘が忘れて途方にくれていたのを何だか真君に押し付けてしまったみたいで、ごめんね。むしろ食べてくれてありがとね』  何度も自分のメッセージを見返し、変なことを言ってないか細かくチェックしてから、弥生は返信した。  直ぐにスマホが鳴り、料理の手を止めて胸の高鳴りを楽しみながら、アプリを開く。 『いえいえ、とても美味しかったです。また、食べたいぐらいです』  お世辞だとしても、本当に嬉しかった。  胸の高鳴りは押さえつけられない位に大きくなっている、スマホを握り締めて胸に当てながら体内に響くその音を感じながら、弥生はスマホのボタンで文字を一つずつ打ち込んでいく。 『いつでも、作るわ。毎日でも』  それだけの言葉を打ち込んで、全部消去した。  違う、違う。  そうやって自分を誤魔化しながら、当たり障りの無い言葉を選んでメッセージを送った。  返信をした後も、胸の鼓動は止まらない。  鼓動は、自分の中の感情を肯定しろと叫んでいるかのようだ。  けれど、弥生はギリギリの所で常識にしがみ付いていた。  自分でも何でしがみ付いているのか分からない。  けれど、しがみつくのが当然なんだと思う。  答えの出ない考えが頭を回り、夕食を準備する手が止まった。その時、玄関の方からドアの閉まる音がした。 「ただいま」  洋介の声だった。  弥生は今自分の頬に集まる熱を下げるまでの時間を稼ぐ為に、台所で世話しなく夕食の準備をしているフリをし始めた。 「ただいま」 「おかえりなさい、早かったのね」 「ああ、取引先との約束が無くなってね。美樹はまだ学校か」 「ええ、コンクールが近いみたい」 「そうか……、なあ、弥生」  その後に続く言葉が、容易に想像できた。  以前した時から一ヶ月ほど経っていたし、そろそろお誘いが来るのだと思っていた。  いつもなら少し嬉しくなって、こくりと頷くけれど、今は洋介に抱かれたくない。  汚された気分になりそうだから。 「今日、しないか」  後ろから抱きしめながら、耳元で囁く洋介の手を振り解きたい衝動に駆られながらも、弥生は洋介の方に向き直って眉を寄せた。 「洋介さん、ごめんなさい……、今日は少し熱っぽくて……」  目を逸らしてフローリングの床を見つめる。 「そうか……、じゃあ、仕方ないな」  そう言って腕を放した洋介は冷蔵庫の扉を開けて、ビールを出すと半ばあてつけのように勢いよくプルタブを開けた。  弥生は自分のした演技に、自分で拍手をしそうになった。  しかし、弥生は、まだ知らない。  自分の感情がもう、囚われている事を。  火の手が上がっていることを。  それは赤い猫になって炎を纏いながら弥生の心に近づき、火をつけていることを。  弥生からの当たり障りの無い言葉で来たメッセージを見た真が、とても残念だという表情をしたことを。
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