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 弥生がパートとして勤める太田書店は日本で三番目に大きなシェアを持つ書店だ。  単体での店舗は少ないが、地元のスーパーなどの中に入っており、名前は広く知られている。品揃えは「家族向け」のラインナップが中心だ。中でも児童書には力を入れており、平日、休日問わず児童書の場所には人が多い。家族向けの本が多いので、その分、高校生、大学生などの若者向けの本は少なめだ。  その所為かここに来るバイトは大学生が少ない。時給が少ない、という理由が一番だろうが、そうでもないようだ。最近近くに出来た雑貨屋と本屋が一緒になった店には若い子達が大勢居る。  時給はこの店と変わらないのに、何故だろうか。弥生はそう感じて、その本屋を通った際に洋介にその話をしたことがあった。  洋介は「好きな物に囲まれて仕事が出来れば時給なんて低くてもいいからじゃないかな」と言っていた。  確かにそうなのかも知れない。家族向けのラインナップに囲まれて仕事をするのではなく、自分の好きな物に囲まれながら仕事をする。その方がいいのかもしれない。  でも、なんだか若いな、と思う。  自分は興味の無いラインナップだろうがなんだろうが対価が払われるなら別にいい。仕事さえこなせば給料は払われるのだ。  だから、別にこの書店の仕事に不満なんて無い。  でも、何だかそういった情熱を失っているのが何だか寂しい気がする。  九時五分前に着いた弥生は、店の隅にある休憩室に駆け込み、手早くエプロンを着るとタイムカードを押して外に出た。 「おはようございます」  店長と二人のパートが婦人誌を開きながら何やら話しているところへと駆け寄る。 「おはようございます、高村さん」 「あ、おはよう」 「おはようございます。ねえねえ高村さん、これ見てよ」  パート仲間の村上は開いていた婦人誌を弥生の方に向けた。 『増える四十代の不倫。不倫の出来ない女は失格?』  そのキャプションの付いた記事には、三十代後半から四十代後半の不倫話が掲載されている。  どれもこれも明け透けにセックスを語り、自分の夫をなじっていた。  購買数を増やす為の記事でしかない。筈なのだが、弥生は何だか食い入るように読んでしまった。  紙面で大きな文字が踊っている。 『やっぱり、女は求められてナンボですよ』  本当にこんなことを言う人が居るのか怪しい、けれどその言葉が頭の中で反響する。 「なんだか怪しい記事よね~。でも、これがどうしたの?」 「なんかね、こういうブームみたいなものって一定周期で来るわよね、って話をしてたのよ。ほら、何年か前に小説かなんかでブームになったじゃない」 「ああ、あったわね。あの時あたしまだ女子大生だったわよ」 「ええ、店長若い~!アタシは結婚してたかな。沢木さんは?」 「私はまだ女子高生でした!」 「やだもう、わか~い!高村さんは?」 「確かうちの子が生まれてたわね……。でも、あれってそんなに昔だったかしら?」 「そうよね、なんか五年前くらいに思えて……」 「ああ、アタシも」 「私もそう思います」 「これって歳食ったら出る症状よね……」 「あ、何か悲しくなりました。店長」  村上がそう言うと、皆が笑う。  皮肉っぽいその笑いの中で、沢木がまた雑誌へと目を向けた。 「へえ、何か変なチェックがありますよ。何々……、つや……、ああ、違う。艶度(えんど)チェックだって」 「なあに、それ?」 「何か説明書きがありますね」 『貴方の艶度を計ります!艶度が高い人ほどもう一花咲かせるチャンスがあります!低い人は女としてエンドかも……?』 「何これ、駄洒落かしら」 「艶度とエンドねえ……。何だか女子力どうのこうのってのを髣髴とさせるわねえ」  暫くその話で盛り上がり、気付いたら十分も経っていた。 「あら、いけない。本を出さなきゃ」  店長である結城のその声で、皆が我に返り、自分の持ち場へと向かった。
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