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「あれ?」  夕食の後片付けをしている最中に、弥生は素っ頓狂な声を上げた。  握られたスマホの画面には、何も表示されていない。  先程まで何事も無く動いていたスマホが、突然このような状態になったのだ。  機械のことがまるで分からない弥生は軽いパニックに襲われた。  「おかしいわ」 前のガラケーが壊れた時はここまで焦る事は無かった。 あの時は一週間程何もせずに放っておいた。 洋介に無理矢理に連れて行かれなければ、そのまま携帯を持つのを止めていたかも知れないぐらいだったのに、今は違う。  言い知れない不安が胸に広がっているのだ。  掴み所が無いくせに、その場で自己を主張する雲の様なその不安は、弥生の体を巣くっていた。  自分の力ではどうすることも出来ず、弥生は美樹の部屋へと赴いて美樹に事情を話した。娘ならなんとかしてくれるかと思ったが、美樹も自分の手に負えないことが分かると、あっさりと諦めた。 「まあ、仕方ないよ。四年も使ってればこんなこと起こるよ。もう丁度いい機会だし、買い換えたら?」 「そうね……」 「ならさ、ママ、あのテレビでやってる最新のやつにしなよ。パパとおそろいでさ」 「ええ~、簡単なやつがいいわ」 「明日、見てきたら?確かママのバイト先の近くにスマホのショップがあったでしょう?」 「そういえばそうね……、じゃあ今日はこのままにして明日行くわ」 「今でも開いてるとは思うけど……急ぎで連絡する相手いる?」 『急いで連絡したい相手』  その言葉を聞いて弥生の心に浮かんできたのは、一人だけだった。 「パパぐらいでしょ?」  無邪気にそう言って微笑む美樹の言葉を聞きながら、弥生の心の中では、言葉が揺れていた。  『パパ』って誰?  私は『パパ』が好きなの?  今思い浮かんでいるのは『パパ』と呼ばれている、人?  ハッキリと浮かぶその顔は、洋介ではなかった。 『自分の心の中には、もう真しか、映っていない』  その言葉が、弥生の中を巡る。  騙してきた感情が全て塗り替えられ、全てが白日の下に晒されていく。  懐かしい空気が、弥生の胸の中に入り込んでくる。幸福と不安を入り混じらせたその感情は、内部から心を刺激してこそばゆくさせる。  洋介を意識し始めた時の感情に似ていた。  異性を意識し始めた時に抱く感情。  『恋』と名づけられている、感情。  弥生はこの瞬間に初めて自分が真に恋をしているのだと自覚した。
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