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 目覚まし時計の音が、妙に頭に響いて目が覚めた。  家にある目覚ましは一つしかない筈なのに、二個三個の目覚ましが頭の中で鳴っている気がする。  それが二日酔いの所為だと気付くまでに少しの時間を要した。  取敢えず今日は予定の無い日だった筈だ。時計を止めたら、そのまま寝てしまおう……。ゆっくりと起き上がり、目を開ける。何だか妙に寒い。  自分で自分を抱きしめると、妙に体がざらつく。眠気眼を無理矢理に開くと、自分が全裸であることに気が付いた。 「なんで?」  一瞬頭に浮かんだ疑問は、隣で寝ている弥生の全裸姿で吹き飛んでいった。  どうやら、してしまったらしい。  別に恋人同士だから行為自体に問題は無い。しかし、内容が問題なのだ。  昨日、自分は酒を飲んで帰った。そして、弥生も酒を飲んで帰った。  最初に付き合っていた女との嫌な思い出が蘇り、寒いのに背中にだけ汗が流れる。  問題が膨らむ中、目覚ましの音はなおも五月蝿く響き渡る。しかし、脳味噌が働かなくて、止めに行くという行動を起こせない。その音に耐えかねたのか、弥生が起き上がり、ベッド脇の目覚まし時計を止めた。 「さっむーい……」  目覚ましを止め終えた弥生はそう言ってもう一度布団に潜り込む。  洋介は慌てて布団を剥がして、寝ぼけ眼の弥生を揺すった。 「なあ、なあ弥生って」 「なによお」  少し不機嫌そうに体を起こした弥生の顔には、まだ化粧が残っていた。 「お、おはよう……」  何を言っていいのかわからず、朝の挨拶をぎこちなく済ます。 「うん……、おはよう」  目を細めながら弥生がそう答える。そのまま沈黙してしまいそうだったが、とにかく話を聞かなくては、この嫌な汗は止まらないだろう。 「あの、さ。昨日は俺達何をしたの……で、しょうか?」  変な丁寧語で質問をする洋介の顔には、妙な笑顔が張り付いている。 「え……。えーと、なんというか、ね。それを女の子に言わせる気?」 「いや、あの、うん。いいんだ。だよな、俺達恋人同士だもんな」 「うん……。どうしたの?」 「いや、なんでもないさ」 「でもさ、アタシ初めてだったなあ」 「え?」  弥生は前に付き合っていた男が居る、と聞いていた。その男としていた筈だ、だって初めて抱いた時、血が―――。 『初めて』の言葉でエラーを起こしそうになっている洋介の右腕を抱きしめながら、弥生は頭を寄せた。 「付けないでするの……、初めてだったの。気持ちよかった……」  喉の奥から出そうになる悲鳴にも似た声を押さえつける。脳味噌は二日酔いではない揺らぎを覚えて、目の前がどんどん歪む。金魚のように口をパクパクとさせていることに気付いて、必死に口を閉めた。  沈黙を打ち破るのを急かすように弥生の腕が先程よりも力を入れて抱きしめる。  震える顎を見られないように窓の外を見てるかのようにそっぽを向く。 「そうか……」  声のトーンが一つだけ上がったのを誤魔化すように咳き込んだ。
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