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『豊かな色は艶を生み出して、豊かな心を生み出します―――』
買って来た婦人誌の広告がふと目に止まった。
高村弥生はその広告を見ながら溜め息を付く。
大学時代に付き合っていた夫の洋介と結婚して十六年の時間が経っていた。
二人の結婚は所謂『出来ちゃった婚』というやつだ。けれども二人で下した決断だったし、迷いは無かった。娘の美樹も問題無く育ち、高校に通っている。
何気無い幸せを謳歌していると思う。だけど、最近こういった化粧品の広告の女優を見る度に何だか胸に痛みを感じる。
広告の女優達は自分よりも年齢が上なのに、そんな風には見えない。勿論撮り方などがあるのだろうが、それでも艶が違う。鏡に写る自分の顔と姿は艶から遠い場所にいると感じてしまう。
昔はこれでも―――。
そんな言葉から始まる鏡の中の自分に言い訳する回数も増えた。
そして、その言い訳に反比例して洋介は弥生を求めなくなっていった。大学時代は会えば嫌と言う程に求められていたのに、今では月に一度、極めて儀礼的なセックスをするだけで終わってしまっている。
ただ抱かれて、夫が果てたら終わり。熱などない、あるのは何かを処理したという感覚だけ。
もう、燃える恋などありはしないのだろう。
そう思う。
でも、そう思う度に何かを過去に置き忘れてきたかのような感覚に晒される。
二十代から三十代の前半は娘の美樹のことばかり見てきて、今は誰も見なくても良くなった。その代わり、誰にも見られなくなった。来年には四十代になる。艶とは程遠い場所に行ってしまう気がする。
恋と出会わない年齢になりつつある。
その前にもう一度、女としての悦びを知りたい。
求められたい。
儀礼的ではない行為の中で、互いを求め合い、快楽の中に沈みたい。
心の中で疼くその気持ちを吐き出すかのように、もう一度深い溜息をつく。
まるで、自分を納得させるかのような諦めにも似た溜息。
それでも、この鈍痛のような気持ちは続くのだろう。
どこかで治るのだろうか、それとも誰かが治してくれるのだろうか。それは洋介なのか、それとも今は影も形も無い誰かなのか。
悩みをかき消すかのように雑誌を閉じて、時計を見た。
朝八時半、パートの時間に間に合うギリギリの時間だった。
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