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あれっ?
「西暦」の「れき」の漢字って――。
あぁっ、もう、またか!
やっぱり記憶を頼りに文章を手書きする作業が、どうにも慣れない。
しかも分からない漢字をスマートフォンで調べることすら煩わしく感じてしまうのを、進化というのだろうか。いやいや、退化だろ。
手のひらサイズの正方形のメモ紙。
さっきまでスラスラと動いていたペンを持つ手が、3行目のど真ん中の行でピタリと止まっていた。
――夕貴はこの手紙に気付くだろうか。
もし気付いたとして――その時、俺を覚えている可能性は低い。
それでもこの世に何かを残しておきたいという衝動が、黒のボールペンを動かしていた。
寝室の正面に輝く満月。
ここで過ごす最後の夜。
夕貴への感謝は、このメモ紙を百枚使ったって書ききれやしない。精神的にハードな仕事をしているのに心が歪まずにいられたのは、夕貴の性格の明るさのお陰だ。
でもまさかこんなに引きずるなんて、ここに来た頃には想像もしなかったな。
俺がここを離れれば、この時代で接触した全ての人間から俺に関する記憶が消える。
大切な彼女――夕貴の記憶からも。
跡形もなく。春の雪のように。
そして俺の存在以外は、何事もなかったかのような顔をして動き始めるんだ。
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