【02】車中

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【02】車中

コトンコトンと列車が着いて、薄明かりのなか乗り込んだ。 中はがらんとしていてい、人は殆どいない。 俺は誰も座っていないボックス席に座った。 飲みものも食い物も買ってはこなかったことを少し後悔した。 夜の電車は退屈だ。ぼやけた街の明かりは綺麗だけれど、明かりのついているところなどほんの僅かだ。 少し寝ていくか、と心に決めた時、向かいに爺さんが一人座った。 白髪頭で穏やかそうな、瞳が子犬みたいに優しい。そんな爺さんだった。 「おひとりで旅行からおかえりですか?」 爺さんが聞いて来た。 「ああ、ええ。ちょっと」 「そうですか。わしも一人旅で、帰る途中なんですよ」 爺さんは水筒一本と握り飯をこちらによこした。 「妻の分も持ってきてしまいましたんで、余ってしまいました。よかったらどうですか」 丁度喉も渇いていたし腹も減っていた。 俺はありがたく爺さんからそれらを受け取った。 「で、奥さんは、今回はお留守番ですか?」 気を良くした俺は、そんな風に聞いてみた。 あまり人の事情には口を出さない自分としては、本当に珍しいことだった。 「へぇ、妻はもうずいぶん前に亡くなってしままして」 「え。そうなんですか?それは……お悔やみ申し上げます」 「それで、お茶と握り飯の礼といってはなんですが、貴方様にお願いがございまして」 「俺にですか?」 「いや、なに、難しいことは一つもないんですよ。ただね……」 「ただ?」 「話を、してほしいんです。なんでもいい。貴方の話を、お聞かせいただけませんか。妻はとにかくよくしゃべる、明るい女でした。残された私は、人と一緒にいても聞くばかりでなにも話すことが思い浮かばないんです。だから家にいると一人きり、ただしーんとした部屋で黙っているしかできない。だから一人旅をして、出会った人に話を聞いているんです。その方が寂しくないから……」 聞いていると、一人でぽつんと静かな部屋にいる老人を想像して哀れになった。 俺は、当たり障りない話、主に恭二の幼少からの悪口を、面白おかしくアレンジして聞かせてやった。 爺さんは嬉しそうにそれに聞き入り、笑った。その笑顔が可愛らしくて、こんな孤独な老人が減ったらいい。 俺は心の底からそう思った。
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