異世界彼氏との熱い夜

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 この異世界で私たちの世界でいう夏、つまり暑い季節は、フォドンとデファロム、と言う。  デファロムが中盤に入ると、陽射しは和らぎ、日中外に出るのがもう苦痛ではなくなる。後半にもなると、夕方にはそよ風が吹いたりする。  そうなるとしめたものだ。  次には、日本の秋に当たる、ショルティウィーがやってくる。  私が彼を布団袋に入れて押入れに片付ける時、彼はこう言った。 「僕は羽毛布団だ。たしかに、茉莉の言う通り、フォドンやデファロムに出てくるべき存在じゃない。  けれど、ショルティウィーならもういいと思うんだ。  ショルティウィーには、日によっては夜半や明け方冷え込むし、その時は合いものの布団よりも、軽くて寝ながら掛けたり撥ね退けたりがしやすい、羽毛布団を出しても不自然ではない。  だから、僕らが一番早く会えるとしたら、それはショルティウィー初日の夜、ということになるね」  私は貨幣交換所のデスクにも、もちろん家のカレンダーにも、星印でショルティウィーの初日をマークして、デファロムが過ぎ去るのを今か今かと待ちかねた。  そしてついにやってきた、デファロムの最終日。  明日はショルティウィー。日本で言うなら初秋だ。  現実がどんな気温だろうと構うものか。  私は羽毛布団を出す。  毎日布団袋を開いて、触れて、おはようとおやすみのキスはしていたけれど、異邦人としてこの世界のルールは守ろうと、頑なに布団の精の彼を布団袋からは出さなかった。  それはすべて、明日のショルティウィー初日の夜を、彼と共に祝うため。  あの日誓った再会の日を、二人で盛り上げるため。  私はショルティウィー・イブと称して、一人お酒を飲んで、来るべき明日の夜を、前祝していた。  彼が出てきたら、まず何をしよう。何処へ行こう。  でもきっと、どこで何をしても、彼と一緒なら楽しいんだわ、きっと。いえ、きっとなんじゃかじゃない。保証付きよ。  そして、二人で楽しんだ後は、この家でまた、彼とのショルティウィーの熱い夜を過ごすんだわ。そして汗だくになった私たちの身体を、真夜中のショルティウィーらしい涼風が冷やしてくれるの。  ぬわあんて。  一人でキャーキャー言いながら盛り上がっていると、もう夜ふけになっていた。  よし、まあ前祝はこのくらいにしておいてやろう、ということで、酔いは相当まわっていたが、ちゃんと皿洗いはした。偉いぞ私。  風呂には先に入っていたので、あとは身体を濡れタオルで吹いてから、寝着にきがえた。  私はいつもどおり、羽毛布団姿の彼におやすみのキスをしようと、押入れの戸を開けた。  その時私の目に入ってきた、あの姿。  そして、あの声。 「やあ、茉莉。約束の日が来たね」  私は口を魚のようにパクつかせ、一言も発することが出来なかった。  それほど、驚いてしまったのだ。  昨日まで、いや、今朝まで、確かに布団袋の中の彼は、羽毛布団の姿をしていて、丸っこくかわいらしく、押入れの二階に収まっていた。  しかし今はどうだ。  彼はもう、布団袋の中から出ていた。  それだけではない。  かつてのように、私好みの顔をした、人間の男の姿になっていた。  さらにさらに、出会った頃と同じようだったのは、それだけではなかった。  まっぱなのだ。  全裸なのだ。  しかもその……。もしかしてキミ、欲情してる? だって、見るからにそうだよね?  私の視線が、彼の男性そのモノに注がれているのに気づいたのだろう、彼は少しすねたように頬を赤らめた。 「だって、シーツをかけて布団袋に入れるわけにはいかない、って言ったのは、茉莉のほうだろう?」  いや、それは論点ずらしだろう? と私は思ったのだが、論点を絞ってしまうと、はしたなくなってしまうのは私の方だ。  私は敢えて彼自身のソレから目をそらし、カレンダーを指さした。 「ちょっと待って。あなた、間違えてない? 今日はまだデファロムよ? ショルティウィーは明日よ?」  すると彼は、ニヤッと笑って押入れから降りてきた。 「もう、ショルティウィーだよ?」  彼の指さした先には、時計があった。  午後十二時……いや、午前零時一分! 「ショルティウィーだわ!」  私は羽毛布団の彼と抱き合い、何カ月ぶりかの、人間姿の彼とのキスを交わした。  しかし、すでに押入れの中ですら欲情していた彼が、それで止まるわけはない。  そして、彼からにおう、プンプンとしたしょうのうの臭いが、私のフェチ心を媚薬のようにくすぐり、すぐに私までをも発火させることになった。  はしたない、とは言わないでほしい。  ここまでよく我慢しできた、と褒めてもらっていいと思っているくらいなんだから。  こうして私たちは、約束通り、念願のショルティウィーの熱い夜を、私の予想よりも一日早く、迎えられることになったのだ。  その念願の夜。  私たちは、二人で心ゆくまで、全身のありとあらゆる場所と器官を使って、愛情を確かめ合った。  夜を完全に堪能しつくした私たちは、さすがに疲れ果てた。  でも、まだ眠りたくない。この人の顔を、姿を、まだ見ていたい。  私だけではなく、彼もそう思ってくれているらしい。  二人で汗をシャワーで流すと、軽くローブをはおって、ベランダに出た。  ショルティウィー初日の夜風は、まだそれほど涼しくはない。  けれども、これからだんだんと涼しくなり、やがて冷え込むようになっていくだろう。  そう。  羽毛布団が恋しく、有難い季節になっていくのだ。  これから、日本の冬に当たるギャニャックに近づくにつれ、私の羽毛布団の彼への愛は、よりまた深まり、盛り上がっていくだろう。もしかしたら、片時も離れないかもしれない。  私は彼にそう言ってから、しかしふと気づいた。 「ギャニャックの寒さが本当に厳しくなれば、毛布を出さざるを得なくなるかも」  私は不安を感じ、訴えかけるように彼を見た。  私と羽毛布団の彼との間を、無粋な毛布が割って入ってくるのだろうか?  しかし彼は、ニヤッと笑って、勉強不足だね、と言った。 「いいかい、茉莉。羽毛布団は、身体の熱を吸収してあたたまるものだから、毛布は中の人間の上に直接かけずに、羽毛布団の上にかけて、羽毛布団自体の保温効果を高める方が、よりあたたかくなるんだよ?」  いやだ、知らなかったわ。  これこそ、愛の羽毛布団豆知識だわ。  そう言った私の耳元で、羽毛布団の彼はこうささやいた。 「もっともっと、あっためてあげる」
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