前編

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前編

 レッドが死んだ。自殺だった。  病気を苦にして睡眠薬を多量摂取したのだ。  その病とは “変身機能不全”  姿を変えて人々を救うヒーローにとって、まさしく致命的だった。  リーダーを失ったメンバーは、世を忍ぶ仮の姿で居酒屋の個室に集まった。 「レッドのために」 「そうだね」 「皆のリーダー。絶対忘れません」  ブルー、グリーン、ピンク(二代目)の三人が杯をかかげる。最年長のイエローは、持病の椎間板ヘルニアが悪化して入院欠席だ。 「レッド…… 変身できなくたって、僕らでカバーしたのに」  グリーンが赤くなった鼻をこする。隣のブルーが首を振った。 「あいつはあくまで自分がヒーローでいたかったんだろう。一本気のバカだ」  ピンクがビールジョッキをドンと置く。 「そんな言い方ってないですよ。レッドリーダー怒りますよ?」 「腹を立てて出てくればいいさ。言いたいことはまだまだある」  ブルーは細い顔をそむける。彼とレッドは、チーム結成時からずっとよきライバルだった。  グリーンが肩をたたく。 「いつか会えるかもな、僕らが活動をやめなければ。  落ちついたら、次期リーダーをどうするか考えないと……」 「誰が継いだって、レッド先輩は心配しちゃうでしょうね」  ピンクが少しだけ笑い、三人の気持ちはようやく緩んだ。 「悲しんだってレッドは戻らない。彼のためにも、楽しい思い出話をしよう」  下級戦闘員をなぎはらうレッド。  悪の幹部をヒーローバイクで()くレッド。  空中要塞を撃墜した時はこうだった、隠れ家を爆破した時はああだった……  ひとしきり語りあった後、グリーンがふと顔をあげた。 「初代(しょだい)から連絡は?」  座に沈黙がおりた。  初代とは、チームアップ当初からピンクをつとめた女性のことである。二年前に引退したのだが、現ピンクとの交代劇はスムーズにいかなかった。 「年齢的にも厳しいし、引退するのはかまわない。  だけど、この色は私が命をかけて戦った証なの。次に入る女の子には、別の色を使ってほしい」  彼女はそう主張した。  ホワイトやパープルなどの案が出たものの、結局は多数決を取った。  そして「あれこれ増えると、ファンにとってわかりづらいから」と二代目ピンクの襲名が決まったのだった。  初代ピンクは了承してチームを去ったが、彼らの間にはわだかまりが残った。  機密保持の問題もあり、一般人に戻った彼女にチームから連絡を取ることはなかった。  そんなわけで、初代はレッドの死をニュースで知ったのだと思われた。  事情が事情だったため、一般ファン向けの追悼式などは開かれなかった。彼女はレッドとお別れができなかっただろう。  そういういきさつがあったので、グリーンに問われた仲間は表情を硬くした。 「……俺は特に聞いてない」 と、ブルー。 「私もです」 と、ピンク。 「明太チーズ海苔餅お待たせしましたー」 と、居酒屋店員。  彼の退出を待ってピンクが話を再開する。 「初代先輩、何も連絡がないなんて、ちょっとあれですよね」  ややトゲのある口調だ。  初代ピンクの人気は根強く、必殺技の美脚ハイキックは今も語りぐさである。後任としてはおもしろくないのだろう。  グリーンがすぐに打ち返す。 「初代が薄情だって? だったら僕らだってそうだよ、彼女を追い出したんだから」 「おいグリーン、人聞きの悪いこと言うな。お前だってピンク襲名に賛成したじゃないか」  ブルーに痛い所を突かれ、彼は口ごもった。 「それは、装備とかの問題で。変更が少ない方が管理しやすいから……」  研究者の顔を持つグリーンは、メカニックとチームドクターを兼ねている。少し考えてからつぶやいた。 「あの時反対したのは、レッドだけだったな」  しめやかさとは違う、ぎこちない空気がおりた。  明太チーズ海苔餅をつついていたブルーが身を乗り出す。 「グリーン、例の病気の研究は進んでるのか?」 「いいや、症例が少なすぎるんだ。変身のメカニズム自体、よくわかっていないしね」  基本的に、変身は当人の気合で行う。  そのコツをつかむセンスこそがヒーローの素質だった。 「これまで変身機能不全に罹患したのは、悪の怪人数名だけらしい。人間に戻ったやつらは追跡不可能で、データも取れないんだよ」 「悪者がかかりやすい病気か……」  ブルーの相づちでふたたび気まずさが漂う。  ピンクが眉をひそめた。 「それじゃあ、レッドさんまで悪者みたいです。亡くなってまで(ねた)んじゃいけませんよ」 「妬むだと? バカ言え、俺がいつあいつを羨んだ!」  ブルーが気色ばんだ時。  ノックが響き、先ほどと同じ店員が入ってきた。この個室担当の屈強な男性である。 「失礼しまーす、空いたお皿おさげしまーす。お客様、お(ひや)お持ちしましょうか」 「あ、私ですか? お願いします」  ピンクがピンク色のピルケースを取り出す。  可愛い花柄に似合わず、数種の錠剤がみっしり詰まっていた。毎日摂っている美容と健康のサプリだ。  横目でにらんだブルーが低い声で言う。 「こんな時ぐらい遠慮したらどうだ。レッドは薬を飲んで死んだんだぞ」 「え、全然別の話じゃないですか」 「それは変な薬じゃないだろうな」 「はぁ!? 何ですかそれ、何が言いたいんですか」  一触即発の二人に、グリーンが割って入る 「やめろよ、今日はレッドのために集まったんだから。  くだらない探り合いするならもう帰ろう、予算もギリギリだし」  (彼は会計係も兼ねている)  しかしブルーはとまらなかった。 「いや、この際とことん言っておく。  ピンク、お前は肝心な所で気づかいが足りないんだ。病気になったレッドの目の前で、平気で変身していただろう」 「緊急出動要請がきたからですよ!  ブルー先輩なんて素直に励ましもできなかったくせに、今になってお説教ですかぁ?」 「そういう態度を改めろと言っているんだ!」 「お冷とレッドスパイシーチキンコンボお待たせしました!」 「えっ!?」  ふり向けば店員がいる。  彼がかかげる大皿を見て、三人の頭に元気な声がよみがえる。  “俺、レッドスパイシーチキンコンボ!”  それは生前のレッドの大好物だった。
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