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後編
ブルーがするどく振り返った。
「誰が頼んだ」
「ぼ、僕じゃない!」
「私もで…… これ、レッド先輩のオーダーじゃないですか?」
ピンクは怯えた目をきょときょとさせる。誰も答えられなかった。
グリーンが店員に告げる。
「……ミスオーダーだ。下げてください」
「失礼いたしましたー」
店員が引っ込んでもレッドスパイシーチキンコンボの匂いが残った。
まるでレッドがそこにいるようで、彼らは黙り込んだ。
「本当に、自殺か」
ぽつりと言ったのはブルーだ。
二人が張りつめた表情で彼を見る。彼は語る。
「あいつはいつもバカ元気だった。
変身できなくなってからも…… 確かに落ち込んでいたが、心の奥では前を向こうとしていなかったか?」
「ブルー先輩……」
「ブルー、そう思いたいのはわかるよ。
でも警察の調べがついただろう? 起きた事は変えられないんだ」
グリーンが仲間を慰めていると、ふたたび扉が開いた。店員だ。
「先ほどは配膳ミスでご迷惑おかけしましたー、こちら当店からのサービスになります」
彼はメンバーが返事をする間もなく皿を配り、さっさと出ていった。
アイスの盛り合わせとオレンジジュースが三セット並ぶ。
ピンクが気を取り直して言った。
「せっかくだからいただきましょうよ、ね?」
「……そうだね。そしたら帰ろう」
グリーンが硬い笑顔を向け、彼らは無言でデザートを口に運んだ。
沈黙に耐えかねたピンクが、ぎこちない独り言をこぼす。
「こういうジュース、レッド先輩よく飲んでたなあ」
「ああ、紙パックのね」
と、グリーン。
「そうです、個室にたくさん買い溜めてて、 “ビタミン摂れよ” ってくれたりして!」
ようやく話をはずませていると、ブルーがハッと顔をあげた。
「それだ!」
「えっ?」
「グリーン、あいつが最後に飲んだのは何だ?」
「く、薬だよ……」
「何と一緒に飲んだ。答えろ」
彼の剣幕に困惑するグリーン。
「それがどうだっていうんだい? ブルー、君ちょっとおかしいぞ」
しかし、ピンクがサッと声をはさむ。
「先輩、水です。私が通報した時、コップに残ってました」
「水だな。薬を水で飲んだ。
なあ思い出せよグリーン、レッドのバカが風邪を引いたことがあっただろう」
ピンクが目を丸くする。
「あのレッド先輩が!?」
「ああ、お前が加入する前の話だ。
その時、あいつは風邪薬をジュースで飲んだんだ。初代が注意するとこう言った」
“俺、薬とか苦手。水じゃ飲めないね絶対”
「死を前にしてそんなこと気にしないよ!?」
グリーンが大声をあげる。
ブルーは真剣な目で見返した。
「ああ、普通だったらな。
だがあいつは一本気のアホにして非凡な男。
薬は苦いから甘いジュースで飲もう、そう考えるはずだ。
しかし、手の届く場所にジュースがあったにもかかわらず、水で薬を飲んだ。
不自然じゃないか、そうだろう?」
「いい加減にしろ!」
グリーンが激しい調子で立ちあがった。いつも穏やかな顔が一変している。
「レッドは悩んでた。苦しんでたんだ!
どうして静かに眠らせてやらないんだ? 君達にそれができないなら僕は帰る!」
「グリーン先輩!?」
「おい、待てよグリーン!」
しかし彼は伝票をつかみ、制止も聞かず部屋を飛び出した。人を押しのけて通路を走り、レジ台に伝票をたたきつける。
「会計! お願いしますっ!」
「はい……」
うつむいていた店員が顔をあげた。
レッドの顔だった。彼は笑った。
「ようグリーン。お前のくれた薬、すっげえ不味かったぞ!」
店中に絶叫が響いた。
「グリーン、どうしたんだ!?」
ブルーとピンクが駆けつけると、彼は警官達に取り押さえられていた。
「はっ、放せぇ!」
もがくグリーンに警官が厳しく言いつける。
「今あなた、変身しようとしましたね。
つまりレッドさんを攻撃しようとした。
彼の死は他殺の疑いがあるんですよ。あなたをレッドさん殺害の容疑で逮捕します」
「レッド、お前は死んだんだ。もう一度あの世に送るんだあぁ!」
錯乱するグリーンの前で、レッドの顔をした店員が作り物のマスクを剥ぎとった。
下から現れたのは、坊主頭のいかつい顔──
今日の個室の担当者、ミスオーダーとお詫びのジュースを運んできた、あの店員だった。
グリーンを乗せたパトカーが遠ざかっていく。
ゴールデンタイムの繁華街が一時ざわめいた。
「えっヒーロー逮捕? 誰?」
「グリーンだって。あの地味なやつ」
「じゃあいいか」
興味はすぐに散り、人の流れが元に戻る。
道端に立った居酒屋店員は、輝く夜の街を眺めてスマホを取り出した。
数回の呼び出し音の後で小さな声が答える。
「……はい」
「終わったぞ」
「ありがとう」
「読みが当たったな、初代」
「嬉しくないわ。当たっても、外れても」
「グリーンはレッドになりたかったのか?」
「多分。リーダーじゃなくて、彼になろうとして…… レッドの病気を利用したんだわ」
「無謀だな」
「バカよ。本当に……」
間を置いてから彼女は尋ねた。
「あなたの変身機能不全も、治らないの?」
「今のところ見込みなしだ。治ったとしても、怪人には戻らないが」
「そう。すっかり変わったのね」
彼女は少しだけ笑って電話を切った。
悪の怪人だった彼は、変身機能不全にかかり組織を追い出された。一年ほど前のことだ。
路頭に迷って道に倒れたところを、困窮者支援団体に保護された。
そこに初代がいた。
ヒーローマスクもなくハイキックもしなかったが、これまで何度も戦った相手だ。間近に接すればすぐに気がつく。
彼女も彼に気づいた。そして、黙って看病した。
「なぜ何も聞かないんだ」
「ここはそういう場所で、私はただの職員だもの」
彼女は明るく微笑んだ。
結局、彼は自分から事情を打ち明け、初代のサポートを受けて社会復帰を果たしたのだった。
過去のことは、お互いに忘れよう──
そう約束していたが、レッド死亡のニュースを受け、初代はルールを破った。
「お願い、力を貸して。レッドが自分で死ぬわけない、絶対に!」
電話口で彼女は泣いた。
彼は協力を決意し、一般人のやり方で戦うことにした。
通話を終えた後、元怪人はしばらくスマホを見つめていた。もう彼女と話すこともないだろう。
首をめぐらせれば、頭上に赤いのれんがはためいている。
「レッドか……」
先ほど、警官がこう感心していた。
「捜査へのご協力ありがとうございました。レッドさんの声真似、お上手ですねえ」
戦場で嫌と言うほど聞けば、誰でも上手くなる。
だが彼は一般人らしくこう答えた。
「そりゃ、ファンでしたから」
永遠に変わらないヒーローの色を目に焼きつける。
「あばよ」
短く別れを告げ、居酒屋店員として現在の居場所へ戻っていった。
(END)
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