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7
アーケードの商店街を抜けるころ、あたしは向こうから走ってくる長身のシルエットに気がついた。
「み、み、みずほ!」
賢悟だった。
「探したんだぞ、急に飛び出していくから」
「だって……」
「なに、勘違いしてるんだよ」
「だってだって」
急に視界が真っ白になった。鼻が潰れそうなほど何かが強く押しつけられた。
「ぐるじい」
それが、あたしを抱きしめた賢悟のシャツだと気付いて、あたしはもがいた。
「卒業旅行の行き先のことで相談されてただけだよ、ディズニーランド、瑞穂も行きたいって言ってただろ? ついでにパンフ見せてもらってただけなのに」
と賢悟は続けた。
「だって」
「だっては聞き飽きた」
どうしてあたしが怒鳴られなきゃいけないんだろう。
さっきまでの怒りが舞い戻ってきた。
「だって楽しそうだったじゃない! あたしといる時は黙ってばかりいるのに」
思い切って大声で言った。
そうなのだ、賢悟はあたしといると無口になる。
一緒にいると、いつもあたしばかりしゃべってるような気分にさせられるのだ。
「楽しいんじゃなくて、気楽なんだよ」
と賢悟。
「どういう意味よ」
「お、おれは好きなヤツの前だと緊張するんだよ!」
言ってから、カァっと赤くなる賢悟。
一拍おくれてあたしの顔まで赤くなった。
「オマエだって怒ればいいじゃねえか、他の子と一緒ってどういう事!? ぐらい問い詰めればいいじゃねえか、いつもころころよくしゃべんのに」
「嫉妬深い女なんかみっともないでしょ!」
思わず怒鳴ってから、しまった、と思った。
案の定、賢悟は目を丸くして絶句した。
それから、ゲンキンなくらい嬉しそうな顔で
「なんだ、ヤキモチ焼いてたのかよ」
とニヤニヤした。
「バカだな~」
バカとはなによ!? と言い返そうとしたけど出来なかった。
賢悟がさっきより強くあたしを抱き締めたから。
「ごめん」
囁く声が耳にくすぐったくて、包み込む賢悟の体温が心地よくて、あたしは「もう」呟きながら目を閉じた。
ふと、安堂くんの顔が脳裏に浮かんだ。
信じろよ、と言った安堂くんの言葉は、賢悟を、ということじゃなく、この恋は大丈夫、と神様から下された託宣についてだったのだ。
腑に落ちたとたん、なんだかあたしは笑いだしそうになった。
沙也加さんが保証してくれた安堂くんの恋占い。
あたしはまだ少し、甘い匂いの残る手を賢悟の大きな背中に回した。
二人の影が歩道にくっきりとのびている。
夏はまだ始まったばかりだ。
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