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 オレンジ色のアーケードに覆われたショッピングストリートは、土曜の午後だというのに閑散として、店も店番のおじいちゃんも色あせて埃をかぶり、沈殿しているように静かだ。  口に出しては言わなかったが、安堂くんのおばあちゃんが花屋を閉店すると決断したのも無理からぬ話だと、あたしはこっそり考えた。 「ケンカしたのか?」  やけに荷台の大きな年代物の自転車を押しながら、安堂くんが訊いてきた。 「え? なんで?」 「バカ、バカバカバカって」  自分の吐いた台詞とはいえ、あらためて他人の口から聞かされると、子供じみて感情的で恥ずかしい。 「聞こえてたの?」 「往来であんだけ大声でバカバカ言ってたら、聞く気がなくても耳に入ってくるだろう」 「まあ、そうだけど」  あたしは安堂くんに、たまたま入ったドーナツショップで賢悟が女の子と肩を寄せ合うようにして旅行のパンフを見ていた現場を偶然、発見してしまった顛末を聞いてもらった。 「親密そうだったの。二人でパンフレットをあちこちめくったり、笑い合ったり。すごく楽しそうだった」  話しながら、あたしは悲しい気持ちになった。  賢悟は楽しそうだった、多分、あたしといる時よりずっと。  そのことにあたしは一番傷付いた。 「でもいいヤツなんだろ」  お人好しで頼まれたらイヤとは言えない性格の事を、いいヤツと表現していいならその通りだ。  いつもわいわい大勢の真ん中にいて、屈託なく笑っている。  そういえば、あたしといる時、賢悟はあんな風に大声で笑ったコトがあったっけ。  友達、サッカー、バイト、それからあたし。  きっと賢悟の中の優先順位はそんなところにちがいない。  あたしはまた悔しくなってきた。  「信じられない!」  立ち止まってしまったあたしを、安堂くんはちょっと困った顔で見守っていたが、 「大丈夫」  と妙に力を込めて断言してくれた。 「そうかな」  疑り深いのは、数少ないあたしの長所のひとつなのだ。 「信じろよ」  ぼそりと呟いた安堂くんの言葉が、かたくなになっていたあたしの心にじんわりと染みこんできた。  付き合いはじめのころ、あたしの名前を呼ぶのが恥ずかしくてよくどもっていた賢吾、はじめての誕生日には3月の誕生石をはめたカレッジリングを贈ってくれた。  ファーストフードでの接客の他に、ファミレスの洗い場で働いているのはデート代のためなんだぜ、と賢悟の友達がこっそり教えてくれた。    信じろよ  安堂くんの一言が、あたしの中にあった賢悟との大切な日々の思い出を呼び覚ました。  でも。  賢悟の隣で笑ってた髪の長い綺麗な子。  たしか賢悟のクラスメイトだ。  あたしを見て、あたしよりも驚いた表情をしていた。  アーケードが途切れると、心細くなりそうなほど青い空が広がった。  立ち尽くすあたしたちの真上に、うすい雲がたなびいている。  パンフレットに注がれたあたしの視線に気付いても、一言の説明もしてくれなかった賢悟。  立ち上がった女の子が何か言いかけた言葉に、耳を塞いであたしは店を飛び出してきた。    追いかけてもくれなかった。    履きなれない新品のパンプスの踵がひりひりしはじめている。 「やっぱり信じられない」  再び歩き出したあたしに、安堂くんが小さくタメ息をついた。
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