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母にしかわからない私の一面もあるだろう。きっと、母はそういう一面を良く知っているから、あれこれと手を焼きたくなる。
私のことを愛しているからだ。
母は、自分が手を尽くさなければ、私が誰かと幸せな家庭を作るという幸福を知らずに死んでいくのだということをよくよく理解している。
「うまくお断りできなくてごめんなさいね」
困ったような母の顔を見て、考えるよりも先に己の首が横に振られていた。
母に謝られると居心地が悪い。
この世界で一番誠実でありたい相手がいるとしたら、それはたぶん、母なのだと思う。母だけが私の味方で居ようとしてくれていた時間を捨てることはできない。幼い頃、母が一番すごい人だった。
素晴らしい人で、そういう母を心から尊敬して、愛していた。もしかしたら、私の特別は、母にしかないのかもしれない。
けれど私は、多感で周囲の言葉にたやすく傷つけられるような青春時代に立つ少女ではなくなった。物事の善悪を自身で判断し、母とは違う哲学で生きる一人になった。
それがまだ大人と呼ぶには値しないものだったとしても、私は私の手で、正しいと思う選択肢を並べて、選び取ることができる。
「ううん。そこまで仰るなら、一度くらい会っても良いかなと思うの」
母を庇うような言葉を口にしながら、今日の森山が可愛らしく不貞腐れていたのを思い出している。
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