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母の思う幸せの定義と、私の幸せの形は、おそらく同じではないだろう。長く生きる分、母は私の未来を憂うことも多いだろう。だがその未来にある世界は、母が生きた時間のものとは異なる。
「お母さん」
母が本当にしてほしいだろうことは、言葉に出されなくとも察せていた。母は身持ちの良い男性の中でも、家を継ぐ必要のない次男や三男にあたる人だけを私の相手にしていた。
「花村の家に、帰ってきてほしいんだよね?」
母は、もう一度私とともに生活して、一つの家族に戻ることを切望している。
冬の庭を見つめながらぽつりと呟いた。
椿が咲いている。うつくしい花に囲まれたこの庭は、腕の良い庭師に整えられているらしい。母はいつ花が好きになったのだろうか。私が真野さんの生け花教室に通い始めたころは、花の名前も知らないような人だった。
私の選択が、母を変えた。花村の妻として、知らないことをいくつも学ぶ努力をしてきたのだろう。辛抱強く、愛情あふれる人だ。
母は私の言葉にも、ただひたすら口を噤んでいた。いつもなら、私の心を理解しようとたくさん口を開くのに、会わない間に母の態度は随分と変わった。私をよく見て、行動しようとしているようにも見える。
「お母さんは、お父さんに会えてよかった? 華道家の奥さんなんて、大変だったよね。今考えたら、お母さん、すっごい苦労したんだろうなって思うんだよ。……私が花を好きになったから、無理して結婚したのかな、そうなら、」
「違うわ」
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