2913人が本棚に入れています
本棚に追加
花村徹と母の出会いは、私がいなければ、きっと起こりえなかった。私が花を愛したことが原因で母が道を変えたのだとしたら、それは恐ろしいことだ。ずっと、何度否定されても、母の生き方を見るたびに喉元に小骨がつっかえるような苦しさを感じていた。
「違うの。……そうじゃない。会えてよかったに決まっているじゃない。春と寿を苦しめておいて、お母さん、どうやって謝ればいいかわからない、けど」
「お父さんと一緒になれてよかった?」
「……よかった。だから、春にも……、」
春にも、と言いかけた母は、私の顔を見て再び言葉を詰まらせた。そうしてしばらく言葉を選ぶように逡巡し、ゆっくりと息を吐いて、申し訳がなさそうに小さく笑って言った。
「ううん。ごめんね。春、……お母さんにも、もっと聞かせて。春が考えていること」
母は私にも、幸せになってほしかった。ただそれだけのことだ。
「謝らないでよ。お父さんとお母さんが結婚したことを、私は恨んだりしてないよ。寿くんもそうだと思う。……でも、私なりに寿くんを大切にしたいから、だから——」
三年間、ずっと思い続けていた言葉がある。母に問われたら絶対に言葉にしようと決めて、もう三年も経ってしまった。
大切な人がいる。恋やただ一つの特別な愛でなくとも、私の持てる力で守りたいと思えるような、慈しむべき優しい人だ。
「だから私は、お家には帰らない」
寿を大切にしたいから、帰らない。どれだけ母が望んでいても、母の願いをどれだけ叶えてあげたいと思っても、これだけは、どうしても譲れなかった。寿だけを思って決意したことだった。
「でもね、今は、それ以上に、ここに居たいと思う場所を見つけたから。お母さんと同じように、私は私を幸せにしたいから、お家には戻らないの。……だから、お見合いも、今日でおしまいにしてほしい。お願い」
最初のコメントを投稿しよう!