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しみじみと呟かれて、静かに言葉を返す。幼い頃に見た母も、苦しいなんて言わずにずっと働き続けていた。あの日の背中を思い出すたび、胸の奥に消えない痛みが灯る気がする。
「春が細い身体で頑張ってるの、私はどうしても見ていられないのよ。なんだか、危なっかしくて、はらはらして心臓止まっちゃいそう」
「ええ? 大丈夫だよ。力持ちなの」
ぐっとこぶしを握って力こぶを作って見せようとしても、着物では上手く行かなかった。後ろ姿に心を痛めてしまうのは、母も同じなのだろうか。苦笑する母に努めて笑みを見せていた。
母は、やはりどこか寂しそうだった。それから母は、しばらくためらってから、ぽつりと話し始めた。
「真野さんがね」
「うん?」
「春の近況を教えてくれていたの」
あの町に戻りついたとき、母はすぐに私を追いかけてきた。その場で真野さんは、母と何を話したのだろう。
「春があの町に帰ったとき、すぐに私も真野さんのところに行ったでしょう。あのときね、真野さんにはひどく怒られてしまって。春が話したいと思えるときまで、あんたは口を開くな! って言われちゃった。何も言わずに帰れって。もうね、真野さん、見たこともないくらいかんかんに怒ってて、私はもう、春には一生会えないかもしれないと思って、本当に恐ろしかった」
当時を思い出しているのか、母は心なしか顔色を悪くしている。まさか、二人の間にそのようなことがあるとは思ってもいなかった。真野さんは怒りをあらわにしたりすることがない人だ。温厚な人だと思っていた。
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