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「だからね? 春がありたい姿のために、見えるものの色を勝手に変えてみても良いと思うの。……見え方なんてそれぞれで、みんな自分の信じたい色を正しいと思ってる。だから、難しく考えないで、春のしたいようにできる道を探してほしい」
母は笑っていた。いつもよりもずっと楽しそうだった。それは、幼い頃、二人だけのアパートで何度も見たものと同じ、優しい笑みだ。
難しい謎解きのような助言に、小さく頷く。
私の頷きを見た母は、くすくすと笑ってもう一度口を開いた。
「お家には、いつも帰ってきてほしい。だけど、春の人生は春のものだから。どうするのか、選択するのは春なの。……森山くんが嫌になったら、うちに帰ってきてほしい。そうでなくとも、年末年始くらいは顔を出したらどうなのって思ってるけど……」
「それは、ごめんなさい」
「うん。……わかればいいの。それで、一緒に住んでることは、お父さんには黙っておくから。話したくなったら、言うのよ? これからくる縁談は、お母さんがそれとなくお断りしておくわ」
「……寿くんは、元気?」
最後の私の問いかけに、母はやはり笑みを浮かべていた。
「あなたたち、兄妹揃って同じことを聞くのね」
知りたいなら、会って話しなさい、と母は言った。それがこの日、母と二人で話した最後の言葉だった。
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