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一度断ったはずの縁談がこうして取り持たれたのは、相手の強い希望があってのことだ。
花村春を知るその人は、私が短く切った髪で現れたことに大層驚いていた。年は私の五歳上くらいで、写真に写っていた通りの温和な顔立ちの人だ。その人が、母が一度断ったにもかかわらず会うだけでもと言ってきたこともあって、こうして私はこの場所にいる。
顔立ちは優しげでも、話の節々に溢れる自信を感じさせる人だった。長男とともに家業に精を出すその人は、これまでにも幾多の道を切り開いてきたのだろう。
今日のこの日みたいに。
「あとのことは二人で」と言い出したのは先方の母で、私の母は、僅かに声に詰まっていた。
「そうですね、ではお庭を見て回りませんか?」
母の言葉を遮って口にすれば、対面する男性がにこやかに微笑んだ。
「実のところ、私は人を愛したことがないんです」
うつくしい庭を歩きながら、会話が途切れた拍子に呟いた。彼は少し前に隣り合う私の手に彼の手を触れさせていた。見合いがどういうものであるべきなのかはわからないが、一度そうして手を繋がれたことがある。その記憶を思い出して、やんわりと距離を取った。
「……それは、僕にとっては幸運な話かもしれません」
「そうですか? 愛せないのに」
「知るうちに、育まれるかもしれない、と僕は思うので」
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