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そうじゃない。私が求めているのは、そういうことではない。
兄を愛したことはなかった。兄となる前にも、散々愛そうとして、できなかった。その苦しみのすべてを、踏みにじられている。
兄がどれだけ兄であろうとしていたのかも、私を愛することを打ち明けられた両親が、どれだけ心を痛めて、いまだに苦しんでいるのかも、すべて知らない人が、たった一言で踏みにじる。
「……春さん、僕と」
私が怒っても、わかりづらいから上手く気付けない、と森山は言った。今にして思えば、私は怒りを表現する言葉を持っていなかっただけなのかもしれない。
「――私のことをよくよく見てくれて、親切に、ご丁寧にどうも、本当にありがとうございます。……私、今、とっても最悪の気分です。あなたの勝手な枠組みに入れて、私の行動を歪めようとしないでください。……こちらも率直に言います」
私の大切なものを踏みにじるような人はいらない。
「私はあなたが嫌いです。ですので、今度もあなたを愛することはないです」
森山の言う通りだった。嫌なら来なければよかった。わざわざ今日のために時間を用意した母にも、この店にも、そして今私の目の前であんぐりと口を開いている相手にも、失礼だ。
堪えてへらへらと笑っていればよかったのかもしれない。それなりの時間を過ごして、やんわりと断ればいいのかもしれない。
『じゃあ春も、もっと好き勝手言えよ?』
でも、こんなふうに、私の大切なものを理解したような顔をしながら平気で踏みにじってくる人を、私は尊重したいとは、一切思わない。
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