2919人が本棚に入れています
本棚に追加
「破談にしてください。……帰ります。ごきげんよう」
「は、まってください、何が」
くるりと踵を返して立ち去ろうとしたのに、後ろから腕を掴まれて立ち止まった。遠慮のない力に顔を顰めても、必死になっているらしい相手は気づかない。
「僕の何が悪かったんですか」
「放してください」
早口でまくしたてられて、震える手に力をこめる。
男の力には敵わない。
振り返った先に立つ男は、どことなく目が血走っているように見えた。
森山の言った通り、一度断られた縁談に来るような人は、相手にするべきではなかった。今更思っても、後の祭りだ。
助けを呼ぶのが苦手だ。
最近気づいたから、対処法なんて、一つしか考えていなかった。そばにいてよ、隣に居てほしい。ただそれだけを口にした。だけど、自分から離れていたら、意味がない。
「僕がどれだけの間あなたを思ってきたか、あなたは――」
「――え、何かクソ野郎に女の子襲われてんだけど。コワ。治安悪いな、この店」
どうなってんだよ、と続けたその男の声で、私を掴んでいた手が離れる。
顔をあげれば、礼装のような背広を着た男と、背の高い着物姿の人が立っていた。見覚えのある顔に、ぎょっとして立ち尽くす。
「なんだ君たちは、僕たちは――」
「クソ男が。私が相手してやる」
「り……っ、ひ」
凛、と呼ぼうとした声が喉元で擦り切れて消えた。
最初のコメントを投稿しよう!