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A.
「……凛、あの人のこと殴ったりしてないよね?」
「うん。大丈夫。殴ったら春ちゃんが泣くって言ってあるから」
「……誰が言ったの」
「智和くんが」
「……泣かないけど」
「マジ?」
「……驚きすぎて涙も出ないよ、ばか」
あれは、どう考えてもやりすぎだ。たぶん、今頃大変なことになっているところだろう。考えるのが嫌になって、頭に浮かぶ未来の光景を無理やり掻き消した。
ため息を噛み殺す。私の反応に、森山は笑っていた。
軽快に道を進む足が、すぐに私たちを公園のベンチへと運んでくれる。森山はそこでようやく私の身体を下ろして、隣に座った。
「俺はさ」
冬の公園は寒々しい。くすんだ色に支配された世界で、森山だけが色づいているように見えた。
「中学んころ、春に付き合うかって言われたとき、それで十分、救われたんだよ。……あの時俺が傷つけないようにしようと思ってた何かとか、それを守ることでめんどくさい思いすることとか、全部疲れてて、ただ、正しいやり方じゃないってわかってるくせに手を差し伸べてくる奴がいるって、それだけで救われた」
森山は多くを語ろうとしない人だと思う。
「だから今回は、春ちゃんは望んでないだろうけど、勝手に乗り込みましたとさ。……ごめんな」
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