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「花村春パンチ、繰り出して、伸してきたらよかったかな」
あの瞬間、私にはできないやり方で、二人は私の苦しみを殴り飛ばしてくれた。
何度も殴ると言っていた森山が手をあげなかったのは、もしかして、私を泣かせないためだったのかな。もしかして鹿島は、あの日の私を押し倒したことをまだ気にしていて、私の代わりにあの人を倒してくれたのかな。
そうだとしたら、どれだけ優しい人たちだろう。声に出されなくとも多分そうなのだろうなと思えてしまうから、胸がいっぱいで、苦しい。
「はは、それやったら今度は俺が泣くかも」
「なんでよぉ」
「春ちゃんの拳のほうが、心配なので」
さらっとかっこいいことを言ったりする。気が抜けて、森山の頬を抓る手から力が抜けた。
「春」
「うん?」
「俺と結婚しよ」
森山のプロポーズは、いつも突拍子がない。木枯らしが揺れて、森山の前髪が風に攫われる。私を見おろす男は、今日も瞳が綺麗だ。
「けっこん、」
「プロポーズ」
「いま?」
「実は婚姻届も持ってます」
「は、ああ?」
呆れかえった私を無視して、森山がジャケットの内ポケットに手を突っ込んでごそごそと何かを探している。
「あった」
「えええ、凄い小さく折ってある」
「ここのポケットになかなか入んねえのよ」
「なるほど」
会話しながら、雑に畳まれた紙を広げる森山を見つめていた。
彼が言った通り、折り畳まれてシワシワになった婚姻届が見える。森山が記入すべき欄のすべてが、すでに埋められていた。
感情がぐちゃぐちゃで、うまく表現できない。何も言えずに黙り込む私を見た森山は、茶化すように声を上げた。
「智和くんは優秀なので」
「うん」
「プレゼンを考えてきました」
「ふは、もう〜。……なに。プレゼン?」
「題して『俺たちがずっと一緒にいる大義名分のための結婚』」
「もう、題名がそのまんまだよ」
つっこみながら、どうしてか泣きそうになった。そんなもののために、大事な結婚を私としちゃだめだよとか、結局私のための行動じゃん、とか、何一つ、悪態が口から出てこなかった。
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