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「その一、」
「…‥もう~、」
「はは、聞けよ。最後まで聞いてから、春は頷いて」
「……頷く前提だし」
「森山智和くんは、実は、春の特別がゲットできなくてもいいと思っている。ただし、これは俺の他に特別なやつがいるとダメになるやつだから、そこんとこよろしく」
「できたらどうするの」
「できないように、俺がしこたま努力」
「……ばかだ」
「うし、その二」
「話聞いてる?」
「春ちゃんが、聞く番なの」
あくまでも笑って私に婚姻届を押し付けてくる。風に飛ばされないように仕方なく指で押さえたら、森山は嬉しそうに笑っている、ように見えた。
「俺たちの結婚は、あくまでも手段」
「……手段?」
「春がめんどくせえ色んなしがらみから逃げるための手段で、愛とか恋とか、そういうのは無視」
それって全部、私のためだよ。
思いを口に出せなくて、瞼が熱くなった。森山は、自分のやりたいことをすると言った。それなのに、提案は、全部が私のためのものだ。
「とも、」
「その三」
「……まだ、あるの」
「これが一番大事なやつ」
「な、に」
泣いてしまいそうだ。森山は、一度として私を愛しているとは言わなかった。それなのに、何気ない言葉で、いつもの行動で、瞳の優しさで、心が伝わってしまう。
「俺は、春が好き」
何度も言い合った言葉が、胸に突き刺さった。シンプルな言葉に、胸の奥が熱くなってくる。
私も好きだ。あなたという人が、大切だ。どうしてかこれも言葉にならなくて、笑ってしまった。
私の顔を見た森山も、嬉しそうに笑っている。何も言えないのに、どうして伝わるのだろう。うつくしい秘密を暴きたくなる。
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