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四つ打ちのリズムに合わせて軽快な足さばきのダンスが繰り広げられ、いつの間にか真っ白だったパネルに墨が打ち付けられていく。
その圧倒的な力づよい存在感に観客も、もちろん私も釘付けだった。
そうして、そこに描かれた文字は……『希』
「年頭から、このようなステージを子供たちと出来たことを嬉しく思います。パフォーマンスの文字は、私の一番好きな言葉を書きました。
未来に向かって希望をかなえられるよう頑張って欲しいと願いを込めて。そして、僕自身ののぞみも叶うようにと……今、希う一人の女性のために書きました。今日は本当にありがとうございました」
飛び散った顔の墨も掃わず、笑顔で司会者のマイクに応える彼は、今まで見た中で一番輝いていた。
あぁ、どうしよう。こんなにかっこいい人に惚れてしまった。
そして、彼が書いてくれた『希』、希うといった人物は自分だとうぬぼれていいのだろうか。
そんな感動と余韻で、彼がステージから降り駆け出したことに全然気づいてなかった。
突然抱き上げられ、足が宙に浮く。
「きぃちゃん!見てくれた?」
褒めてくれと言わんばかりの満面の笑みが同じ高さの目線で見つめる。
あぁ、こんな墨いっぱいつけた姿で抱きつかれたら、この服もう着れないな。なんて、冷静な自分もいるけれど。
「かっこよかったよ」
「俺の気持ち、伝わった?」
「たぶん」
恥ずかしくてうつむくとおでこがコツンとぶつかった。
「きいちゃん、愛してるよ。世界一」
「……私も」
──こうして、バカップルぶりを披露することとなった私たちは、このあと盛大な拍手とキスコールにはやし立てられながら、退場するという世界一恥ずかしい目にあったのだった。
終わり。
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