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フォークダンスが始まる。
今日こそは、少しでも近づけたらいいな。
――体育祭5日前――
体育祭のフォークダンスの練習。3クラスが体育館に集まった。普段は接点のないクラスの生徒たちも一緒だから、知らない人がほとんどだけれど、なんとなく顔だけ見たことある人もいる。
その中に、彼の姿もあった。嬉しさと少しの緊張が混じる。うまくいけば一緒に踊れるかもしれない。今日は彼に近づける、そんな気がしていた。
私の鼓動とは違うテンポで、ゆったりとした楽しげな音楽が流れ始めた。肩の高さくらいに上げた女子の両手を男子が後ろから被せる形で繋ぎ、ステップを踏みながらちょっとずつ前に進んでいく。普通に生活していたら、高校生の男女が手を重ね合わせて円になって踊ることなんてないから、変な感じ。友達同士なのか、ふざけ合いながら踊る生徒たちもいるけれど、たいていは二人ともうつむきかげんで気まずそうにしている。
1曲って長いようで意外と短いのかもしれない。
踊っているときはあまりキョロキョロ周りを見ることもできないけれど、さりげなく彼を探していた。運動部所属らしい男子と軽くお辞儀をして別れたあと、ふと視界の端に彼らしき姿が見えた。
ドキッ。
でも、確信は持てない。次の人と踊り終えて、もう一度 “らしき人” の方を見た。
やっぱり彼だ。
(もう少し)
音楽がかかってからけっこう時間が経っているけれど。
(もう少し もう少し)
止まらないで。
あと2人。
……終わった。音楽は止まってしまった。相変わらず運が悪いな。
多少落ち込むけれど、こういうのは珍しいことじゃない。この体育の授業だけじゃなくて、今まで色んな場面でタイミング悪いな、ツイてないなと思うことはたくさんあった。よく言う、〈そういう運命〉っていうものかな。
――体育祭当日――
フォークダンスの時間はすべての競技が終わったあとの大トリ。それまでは、走ったり、飛んだり、投げたり、運んだり……バタバタと体育祭は進んでいく。正直、後半になるにつれて疲れが出てきたせいか、ダンスのことは頭から消えていた。
「それでは只今より、フォークダンスを行います。皆さん――」
アナウンスが流れた。呼ばれるがままグラウンドの中央へと向かう。自分の位置について、音楽が流れるのを待つ。
待っている間、彼の姿を見つけた。彼を見たら、あのダンス練習のときのようにまた胸が高鳴った。そして、あのときよりも強く思った。
……今日こそは。
楽しげな音楽とともに、ダンスが始まった。彼がいる位置と自分がいる位置、2つの円のその点と点が同じ位置で重なるのはギリギリのところかもしれない。とにかく祈るのみだった。だんだん近づいてくる。
(もう少し もう少し もう少し)
止まらないで。
……彼が私の手に手を重ねていた。大きくて温かい彼の手。優しく私の手を取ってくれて、でもちゃんと女性をエスコートする男性らしい強さみたいなものも感じた。嬉しかった、ただただ嬉しかった。この時間が長く続けばいいのにと思った。
曲が終わる。
最後のダンス相手が彼だった。向き合い、彼は控えめに私の目を見て、軽くお辞儀をしてくれた。私もそれに返す。
手はまだ繋いだまま。
彼はいつ離そうか少し迷って様子を見ているみたいだった。
私との間に流れる空気を感じながら優しく接してくれているのが伝わる。
(……もう少しだけ……)
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