五章十四話

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五章十四話

 蔵之介は話し声が耳に入り重い瞼を開いた。声はピーとビアンカではなくピーとワイトだった。 「ん?」 「蔵之介様、お目覚めですか?」  ゼノスの膝を枕にして眠っていた。体はシーツにくるまれている。それを口元まで寄せると、ビアンカの匂いがした。 「ビアンカは?」 「分かりません。ワイト様がビアンカ王から蔵之介様を守るようにと指示を受けて、守ってくれています」  蔵之介はハッとして起き上がり辺りを見た。そこはどこかの建物の中だった。 「ここは?」 「民家です、納屋を貸していただきました。ベッドのある部屋をとすすめられましたが、隠れるにはこちらの方がいいとワイトがおっしゃいまして」 「蔵之介、起きたのか。怪我はないか?」  ワイトは壁際でピーに寄り掛かられ、座っていた。ピーは静かに目を閉じ眠っている。 「うん、ビアンカは? 大丈夫なの?」 「あいつは平気だろう。疲れ切ってるならまだしも今は万全の状態だなんろ?」  ワイトに見つめられ、蔵之介はしばらく何のことかわからずワイトを見ていたが、急に体が熱くなった。まるで蔵之介が何をしたのか知っているかのような、見透かした瞳に蔵之介は戸惑い、目をそらした。  ゼノスは何のことか分からない様子で、蔵之介の頭から外れたシーツをかけ直した。 「まだ隠して居たほうが良いです。まだここにる事はバレていませんが、いざというときに隠れていた方がかくまいやすいので」  ゼノスはそう言って蔵之介の頭を布越しに撫でた。  蔵之介はシーツをたぐり寄せ顔を隠した。やれる事はやった。治癒糸を出して、精液という名のたんぱく質もビアンカに飲んでもらった。糸も補充されて、治癒糸があればきっと大丈夫。  そこでハッとして再び周りを見た。 「オールは? 腕を怪我してるんだ」  ビアンカの中から見た光景。オールの腕が落ちているのを見た。ビアンカがすぐに生えてくると言っていたけどそんな状態なのが心配にならないわけがない。 「そこまで分かんねーよ、皆逃げるのに必死だった。これだと結婚式は中止だろうな」  ワイトがため息をつく。 「その様なことをいうもんじゃありません」  それを制するようにピーが強く言った。先ほどまで眠っていたはずのピーからの声に、ワイトは気まずそうに黙った。 「結婚式は良いよ。いつだってできるし。それよりビアンカが、オールも心配だよ。子供達だって……」  蔵之介はシーツで顔を隠し、膝を抱えた。  だいぶ時間が経ち、外が明るくなってきていた。 「いつまでここに居るの?」  蔵之介はワイトを見た。ワイトはピーに膝枕をされ、顔だけ蔵之介に向けた。 「そうだな、そろそろ行ってみるか。ビアンカがどうなってるか楽しみだな」  蔵之介はワイトをにらみつけ、ムッとした。が、ピーにおでこを叩かれ「いった」と叫ぶのを見て、気が抜けた。 「そういう事を蔵之介様の前で言うものじゃありません。少し辺りを見てきます」  とピーはワイトの頭を膝から外して、ゼノスと偵察へ向かった。ワイトは枕がなくなりしぶしぶ起き上がる。  ワイトと二人きりになると、少し気まずかった。ビアンカと同じ顔がそこにいる。三つ編みをしていて髪型が違うと言えど、少し警戒してしまう。それとは裏腹にワイトは蔵之介の隣に来て座った。 「蔵之介はビアンカのどこが好きなんだ?」 「急、だね」  蔵之介は突然の突っ込んだ質問に戸惑いを隠せなかった。 「うん、気になった」  ワイトは蔵之介の顔をのぞき込む。 「好きって言ってくれる所かな。好きって言ったら好きって言ってくれて、好きって言わなくても好きって言ってくれる」  蔵之介は恥かしそうに膝を抱え腕に顔をうずめた。それに対しワイトは眉を寄せる。 「変なの」 「いいよ、変でも。俺は好きだから」  蔵之介はそう言って膝を抱えて顔を隠すと、ワイトは笑い出した。 「この前より気持ちがはっきりしてるな」 「ビアンカって俺が失敗しても許してくれるし、沢山褒めてくれるし。頑張ってるとカッコいいし」 「あー、いい、のろけはいらん!」  もう聞きたくないと言わんばかりに手を横に振り蔵之介の言葉を止めた。 「ワイトはなんで崖の上からビアンカを落としたの?」 「結婚の儀式の時か? 崖の上に登り切らずに落ちたら面白いなと思って」  蔵之介はそれを聞くと隣にあるワイトの手のひらをぺちんと打った。 「なんだよ、痛いな」  ワイトは手を守るように反対の手でさすった。 「あれ、面白くなかったよ」  蔵之介は不貞腐れたように言った。 「ふーん、まあお前が飛び降りちゃったからな。俺も面白くなかったよ」  蔵之介はそれを聞くと、ワイトの肩をパシンと打った。 「なんだよさっきから。暴力反対だ!」 「さっきワイトがピーにおでこを打たれるのを見てホッとしたんだ。嫌なことされたら打っていいんだって思って。それで打ったら少し安心するんだって分かった」  ワイトは眉間にしわを寄せた。「変なこと覚えるなよ」と呟き蔵之介から顔をそらした。 「まあお前にぶたれたくらいじゃ痛くも痒くもないけどな」 「さっき痛いって言ってたのに」  蔵之介は言葉尻を捕らえてくる。それが面倒でワイトは話をそらした。 「そういえば、気になってたんだけど。人間の世界では男同士で結婚したり性行為をするのは普通なのか?」  ワイトがものすごく答えにくい事をさらっと聞いてきたことに蔵之介は驚き黙ってしまった。 「ピーが言ってたんだよ。蔵之介は随分あっさりビアンカの事を受け入れてたって。知ってる限りでは人間の世界では男女が結婚するのが普通で、男性を受け入れる能力がそんなに高いものなのかって。不思議そうに」  蔵之介はそれを聞くと顔を真っ赤にしてワイトから顔をそらした。 「なんだよ、何を照れてるんだ?」 「お、俺は……」  蔵之介は顔をそむけたまま目をぎゅっと閉じた。 「俺はビアンカが綺麗だったから、好きになっただけで……」 「だからそれって普通なのかって」  ワイトは蔵之介が顔をそらすのをのぞき込もうとするが蔵之介は完全に顔をそむけているため顔を見ることはできなかった。 「わ、分かんない。けど、俺は男同士の恋愛する漫画とか本を……読んだことことあったから……。それで、気にしてなかったのかも……」  蔵之介の声は震えていた。そんな漫画を読んでいるなんて誰にも話したことがなかった。ゼノスにも、ビアンカにも。実の両親にも。 「なんだ、そういう本があるならわりと普通なのか」  ワイトがあっさりと言って納得したようだった。蔵之介はそれに驚き、顔をゆっくりワイトに向けた。こんなにあっさり受け入れられるとは思っていなかった。 「変だと思わないの?」 「何をだ?」  ワイトは訳が分かっていない様子で、目を瞬かせた。 「気にしてないなら……いい、……うん」 「そうか」  ワイトが言うと静まり返った。蔵之介はなんだか居心地が悪くなり、再び腕に顔をうずめた。 「ごめん、さっき打って」  蔵之介は急に罪悪感をいだき謝罪の言葉をワイトに向けた。 「別にいいってあれくらい、ビアンカの拳に比べたら蚊に刺されたようなもんだ」 「拳?」  ビアンカに殴られたことがあるのだろうか? ビアンカが敵以外に拳を向けたのを見たことはない。 「手合わせすると容赦ないんだよ」  ワイトは何かを思い出したのか、気分悪そうに眉を寄せ蔵之介から顔をそらした。  そこで納屋の扉があいた。蔵之介が目を向けるとそこにはピーが立っていた。 「蔵之介様、もう大丈夫です。こちらへ」 「うん……?」  蔵之介が立ちあがりドアに近づくと、ワイトはピーに目を向けハッとして立ち上がった。 「蔵之介、そいつはピーじゃない」  蔵之介は立ち止まるが、手を引っ張られ外に連れ出された。  ワイトが外に飛び出すと、蔵之介は逆さに吊され、首に刀が突き付けられていた。着物の下には下着をつけておらず、下半身が丸出しだった。長身の男の周りには5人ほど居て、同じく糸で作られた白い刀を持っていた。 「や、やだぁ」  蔵之介は必死に下半身を隠そうとするが、手が届かず、足をこすり合わせている。ワイトはその光景に眉を寄せた。後でビアンカが殺しに来る、確実に。そう確信していた。 「一分待ってやる。ビアンカを連れてこい」  長身の男が白い桂を脱ぎ捨て、刀をワイトに向ける。 「は? ビアンカはお前らが三時に殺したんだろ?」 「うるさい! 蔵之介を人質にして殺す予定だったんだ! ここでビアンカと共に殺す!」  長身の男が怒鳴ると、ワイトは腰に手をやる。 「それで蔵之介を見つけられずにいたから、まだ殺せていないと。なら無理なんじゃないか? あとお前らが多分殺されるぞ。こんな街中で蔵之介の下半身露出させて公開してるなんて、えっと、人間の世界だとなんかの犯罪だっただろ?」 「公然猥褻!」  蔵之介が叫ぶが、力尽き、下半身を隠すのを諦めて手を頭の方にたらした。 「あー、多分それ」 「うるさい、いいから早く連れてこい!」 「悪いが俺は知らない」  ワイトがそう答えると、ギチっという音がした。 「ん?」  ワイトが見ると、吊された蔵之介は屋根の上で正しい向きに直されたっていた。その隣にはビアンカが立っている。その表情には怒りが込められていた。 「居た! ビアンカだ! 二人まとめてやれ!」  長身の男が叫ぶがビアンカはそれに対抗し叫ぶ。 「ワイト、やれ! やればお前は見逃してやる!」  ビアンカは左手で蔵之介を抱き寄せ、右手でワイトに戦う様示した。 「安い刑だな」  ワイトはすぐに目の前の男たちに跳び秒で全員の意識を飛ばせた。  何人かは抵抗を見せたがワイトには何の障害でもなかった。  ワイトが倒し終わると、建物の陰からピーとゼノスも姿を現した。 「戻ってきたか。で、あの後どうなったんだ?」  ワイトはビアンカに顔を向けると、蔵之介を抱えて屋根から飛び降りてきた。 「ほぼ捕らえたよ。地下牢に全員運ぶのに時間がかかったんだ。城の修繕も進めてる。主犯は逃がしたが、ある程度は絞れた。今はその動機の確認と、城の中を調べてもらっている。調べが終われば、今日は予定通り結婚式を行う」  ビアンカは話しながら蔵之介の衣を直して帯を縛り直すと、蔵之介は驚いて顔を上げた。 「え、今日するの? こんなことがあったのに?」 「うん、僕はもう待てないからね」  ビアンカはそっと蔵之介のおでこにキスをした。 「だ、だけど、衣装とか飾りとか壊れてないの?」 「飾りはほとんど壊されていたが、問題ない。いま修繕させてる」 「え? 修繕って、終わるの?」 「王の言葉は絶対だ」  ビアンカは笑顔だが言っていることが少し怖かった。 「今は優しいビアンカ?」  聞くとビアンカはそっと蔵之介の耳元でささやいた。 「そうだね、戦闘していたビアンカは疲れてて寝てしまったよ。消耗してすぐに動ける状態じゃないからここはワイトに頼んだんだ」 「そっか」  蔵之介は納得して、肩を落とした。 「何の話だよ」  ワイトが聞くと、蔵之介はハッとして振り返り。 「あの、ビアンカの心の話」  誤魔化すように言う蔵之介に 「心?」  ワイトは疑心暗鬼気味にビアンカを見るが、ワイトの目にもそれはビアンカに見えているのか、偽物だと疑う事はなかった。  城の蔵之介の部屋に戻ると家具がいくつかなくなっていた。 「あれ? なんかすっきりしてる」 「仕掛けがされているものは全て運び出させてもらった。あと、結婚式の間にこの部屋と僕の部屋を繋ぐ工事を行ってもらうことにした。同じ部屋にするなら広くした方が良いだろう。今後、僕と蔵之介の世話役と、キーパーは同じ部屋を使ってもらうことになる」 「工事? それも結婚式の間で終わるの?」 「王の命令は絶対だからね」  蔵之介は黙ってビアンカを見つめた。ビアンカは嬉しそうに笑っていた。先ほどと少し違う笑顔だった。 「子供のビアンカ?」 「な、なんでわかるんだ?」  ビアンカは驚いてありえないとでも言いたげに、後退った。反応も普段より大げさな気がした。 「なんとなく。でもビアンカの事分かったよ、こうやってころころ代わってたんだね」 「そうしないとやっていけなかったからな」  ビアンカはそう言うと蔵之介に歩みよりそっと抱きついた。 「泣き虫なビアンカは?」 「それはあまり出てこない」  ビアンカは蔵之介に頬を摺り寄せ背中を撫でた。 「入れ代わってた時外ではどうなってたの?」 「あの姿を見たものは皆記憶を消しておいたから大丈夫だ」 「そ、そう」  蔵之介はくすくすと笑い、顔を上げた。 「そのうち泣いてるビアンカも見せてね」 「うん、そのうち……」  ビアンカは蔵之介の頭にキスをして再び抱きしめた。 「王、オールをお連れしました」  アンディの声がして二人は振り返る。アンディはオールを抱っこして、足元にはニコがしがみついていた。 「オール!」  蔵之介はアンディに駆け寄ると、アンディはオールをおろし、蔵之介はオールを抱きしめ頭を撫でた。 「腕は痛くない?」  オールの腕はなくなっていて、そこに衣の袖が垂れていた。蔵之介が聞くとオールは笑顔で頷いた。 「あのね、また生えてくるんだって。それまでは、何かあった時にはニコに手伝ってもらうんだ。だから大丈夫」 「そっか、ニコとは仲良くできそう?」  オールは頷く。 「二コがね、腕が切られたあとずっと傍にいてくれて、腕が生えてくるまで左腕になるって言ってくれたんだ。腕がなくなって辛くて泣きそうだったから、ニコがいて心強かったんだ。ニコは優しいよ」  オールが言うと、ニコは頬を赤くし嬉しそうに笑った。蔵之介が初めて見るニコの笑顔だった。 「仲良くなったみたいでよかった。腕がなくなったのは怖かったよね。でも生えてくるならそれまで一緒に待とう」  蔵之介はオールの頭を撫でると、オールは甘えるように蔵之介の肩に頭を乗せた。  子供たちの部屋にオールを送り届け、皆の顔を確認すると蔵之介はやっと安心できた。誰もかけずにここに居る。オールは腕を失ったが、ニコと友達になれた。それに腕は回復する。結果得られたものは多かった様に思えた。  落ち着いたのもつかの間、慌ただしく結婚式の準備が始まった。  衣装の準備は整ったが蔵之介の心の準備がまだできていなかった。鑑の前でなかなか顔をあげられず、うつむいていた。 「蔵之介様、そろそろ出ないといけませんよ」 「うん、でも……」  ドレスを身に纏い、化粧もしてもらい、ウィッグで髪も長くしている。その姿を自分で見るのが怖かった。今までも何度も試着をしてきたが、今日は本番だ。緊張が高まり、いっぱいいっぱいで今にも泣きそうだった。 「蔵之介様、ビアンカ王が参りました」  ピーの声が襖越しに聞こえ、蔵之介ははっとして顔を上げた。  するとそこには鑑があり必然的に蔵之介の今の姿が目に入る。  髪は整えられ、長くもみあげが垂れている。後ろにもストレートの髪が垂れ、髪の先は切り揃えらえている。  唇はピンクで、ぷっくりしてつやがあり、頬に少し赤みがほどこされていた。衣装は華やかな洋風のドレス。裾がきれいに広がり豪華なシルエットになっていた。 「これが、俺……?」 「すごくきれいだよ」  いつの間にか隣に立っていたビアンカにやっと気付きドキッとして顔を向けた。 「あ、あの、これ」 「なんだ?」 「すごくかわいい!」  蔵之介は自分で自分を褒めてしまい、はっとし顔を真っ赤にした。 「いや、今のはちがくて、うぬぼれたわけじゃなくて!」 「大丈夫、すごくかわいいよ」  ビアンカに微笑まれ、蔵之介は嬉しくなり思わず笑みがこぼれた。それは恥かしそうに口元を緩ませている。 「行こうか」  ビアンカが手を差し出すと蔵之介は、ビアンカの手に手を重ねた。ビアンカは見慣れない白い紳士服を着ていた。しかしビアンカはそれを着こなし、髪型もいつもと少し雰囲気が変わって見えた。前髪をあまり立てずに、前に流す髪の量が大めになっている。耳を隠す様に後ろに流れる髪が後ろにまとめられている。まとめられていない髪はいつも通り後ろに垂れていた。 「うん。ビアンカもすごくカッコいい」  それを聞くとビアンカは照れように笑った。蔵之介はゼノスと他のお手伝いの人に裾を持ってもらい式場へと向かった。 「何事も起こりませんように」  蔵之介は会場のドアが開く前にそうつぶやいた。  ビアンカはそれを横目にほほ笑む。  会場の方からは既に観客の声が聞こえていた。司会の声が聞こえ、 「それでは、新郎達の入場です」  その声と同時に扉が開いた。  光る会場へと足を踏み入れると、拍手と歓声が飛び交った。 ビアンカに手を引かれ進むと、そこからは集まった人たちが一目できる広場がある。 そこを埋め尽くし、その奥のみちにまで人が集まっていた。 「すごい人」 「みんな祝福してくれてるんだよ。昨日攻めてきた人と比にならない数だ」 「うん」  蔵之介は泣きそうになるが、涙をぐっと堪えた。 「手を振って」  ビアンカに言われ、ビアンカとつなぐ手とは反対の手を振って見せた。 「では誓いの言葉をお願い致します」  神父の言葉にビアンカは蔵之介の方へ向いた。 「僕はこの日が来るのを待っていた。今日の結婚式という日をずっと長い間。ここに蔵之介を幸せにすることを誓う。今後何があっても傍にいて、喜びを分かち合い、思いやり、励まし合い、そして守り続けます」  ビアンカはそう言ってほほ笑むと、観客は歓声を上げた。 「俺は……」  蔵之介は緊張して声が出なくなった。  どうしよう、声が出ない。 「あ、……」  口をぱくぱくと動かすが言葉が出てこない。言葉は頭にあるのに。  ビアンカはそれを見て、そっと顔を寄せた。  蔵之介は思わ口を閉じ、ビアンカを見つめた。 「大丈夫、深呼吸して」  ビアンカのささやく声に蔵之介は一度息を大きく吸って吐き出した。  するとビアンカは姿勢を但し、観客に手を振る。すると観客も再び盛り上がり歓声を上げた。  蔵之介はビアンカを再び見ると、落ち着いていた。 「俺は、ビアンカとずっと一緒に居て、すごく幸せで。これからも生活を共にしたい……です。幸せな時も、困難な時も、お互いを愛し、助け合い、命ある限り一緒に居て、ビアンカの支えになることを誓います」  本当は少し違ったけど、もう言い換えることはできない。けど間違ったことは言っていない。  ビアンカは頷き、神父が続ける。 「それでは誓いのキスを」  ビアンカの手が蔵之介の顔を隠すベールをそっとめくり、蔵之介の頭にかけると隠された顔が現れた。ビアンカはその唇にキスをした。  それと同時に曲が流れ出す。観客の喝采も最高潮で花弁と糸が舞った。  三秒ほどキスをしてそっと離れが唇が少し名残惜しかった。  蔵之介は閉じていた目を開くと、目が潤み視界が歪んでいた。  どうしよう、涙がこぼれたら、メイクが取れちゃう。  蔵之介は必死に涙がこぼれない様堪えるが、ビアンカが苦笑してそっと顔を寄せた。 「蔵之介、眉間にしわ寄ってる。笑って」  蔵之介はハッとして口元を緩ませた。  堪えていたせいで眉が寄ってしまっていたようだ。 「ごめん」  蔵之介は笑顔をビアンカに向けると、予定とは違うタイミングで再びキスをされた。蔵之介は思わず目を見開く。 「び、ビアンカ?」 「ごめん、蔵之介が可愛くて」  その言葉に蔵之介は思わず笑ってしまい。お互い笑顔に戻ると観客の方へと向き直った。いいんだ、間違っても。ビアンカだって予定と違う事をしてしまう。もしかしたら、気持ちを楽にしてくれる為にしたのかもしれない。それでも気持ちは落ち着いた。  その後は蔵之介も気が緩み始終笑顔でいられた。  和装の着物と他のドレスにも着替え、会場の人を入れ替えてお披露目した。  豪華な食事会も城内で開かれ、人間の食事も振る舞われた。まだ人間の食べたことのない人たちがそれを食べ、絶賛したり、口に合わないのかすぐに離れる者もいた。  食事の合間に、音楽や踊りが披露されていたが急に舞台に人が多く集まりだしているのが目に入る。  蔵之介が何かと気にしていると、ビアンカに背中を押され舞台の前に進んだ。  そこではピーが華やかでカラフルな衣装を身にまとい、衣の袖と裾を靡かせ優雅に舞っていた。 「ピー……すごい」 「元々はダンサーだったんだ。街の舞台で踊っていたが、それをバードイートに目を付けられ誘拐されたらしい。それを僕とワイトで助けたんだ」 「そうだったんだ」  ピーがバードイートに囚われ、ビアンカたちに助けられたことは、ピーが戻ってきた時に聞いていた。しかしこんな綺麗に、華麗に踊りができるなんて思いもしなかった。 「せっかくだこのまま見ていよう」 「え? うん」  ビアンカに促され、最前列の空いた席に座った。 「ここいいの? 座って」 「ああ、僕たちの為に開けられた席だからね」  ピーの踊りが終わり一礼すると、ビアンカと蔵之介に微笑み舞台の袖へと消えていった。次のステージを待っていると、今度は子供たちが舞台に姿を現した。オールを中心にニコも含め10人並んでいる。 「え、子供たちが? なにするの?」 「子供たちが踊りを披露してくれるらしい。振り付けはピーとワイトで教えたって自慢していたよ」  ワイトはゴールド達に踊りを教えていた。あれはもしかしたらピーも教えて居たのかもしれない。  よく見るとオールには左腕がついている。手袋をつけているが普通に動かせているようだった。 「あれ、オールの腕……」 「ああ生えたんだ。アウルムの治癒力が強すぎて、皮膚が膨らんで痛いっていうから。脱皮前だが手術をして左腕の部分だけ先に脱皮させた。左腕の皮膚がまだ完成し切れいなくて、アウルムの糸で再び保護している状態だが、本人は平気みたいで正直この回復力は僕も驚いている」 「それで手袋もしてるんだね。踊って大丈夫なの?」 「ああ。無理しなくてもいいって言ったんだが。オールがどうしても踊りたいっていうから、ピーが左腕に負荷のかからない踊りに変えてくれたそうだよ」  音楽が始まり、子供たちは音楽に合わせて踊りだす。皆揃って同じ動きを見せた。音楽が盛り上がってくると、交互に宙返りをして蜘蛛に姿を変え腹をあげて振って見せる。  そして再び宙返りをすると人間の姿に戻り再び踊りだす。 「すごい、泣きそう……」  蔵之介は胸元で手を合わせ口元に寄せた。初めて見た子供たちは小さく、知識もおぼつかなかった。その子供たちがいま揃って目の前で踊っている。成長が目に見え、蔵之介は目を潤ませていた。 「すごいな、皆頑張って練習したんだろうな。後でたっぷり褒めてあげよう」  ビアンカは蔵之介の膝に手を置くと、蔵之介はビアンカのその手を握りしめ頷いた。  踊りが終わると、子供たちは手を振って舞台の袖へとはけていった。 「次は挨拶だ。慌ただしくてすまない」 「大丈夫、ビアンカについてくよ」  この時間は頻繁に動くと最初から決まっていたため、衣装も動きやすいデザインになっていた。  蔵之介は訪ねてくる人々の祝福の言葉に感謝を告げ、いろんな人と挨拶を交わした。これは以前にもあったが会話を途中で止めることが出来ず、蔵之介は一人ひとりじっくり対応していた。 「つ、疲れた……」  挨拶が終わったのは暗くなり始めてからだたからだった。控室で蔵之介は椅子に座り脱力していると、ゼノスが扇子を広げた。 「ですから、途中で断ってもいいんですよ」  ゼノスにそういわれるが、扇子を持っていても開くことは出来なかった。せっかく来てくれた人たちをがっかりさせたくはなかった。 「蔵之介、皆喜んでいたよ。蔵之介はすごく丁寧に話を聞いてくれると言っていた」 「へへへ、なんかうれしくて。刻里さんも来てたね。おめでとうって言ってくれた。ビアンカの所は人気でなかなか行けなさそうだから後で挨拶に行くって言ってたよ」 「大丈夫。刻里にはこちらから挨拶をしに行ったから。そろそろ着替えようか、重いだろう」 「うん、けど脱ぐのもったいないな。今日しか着れないって考えるとまだ来ていたい気がする」 「そうだな、この衣装で居られるのは今日だけだ」  ビアンカはそういって椅子に座る蔵之介の肩に手を置いた。 「でも着替えないとな。じゃなかったら僕が脱がそうか?」  ビアンカの言葉に蔵之介は固まり顔を赤くした。 「じ、じゃあ脱がせて……貰おうかな……」  顔が真っ赤のままの蔵之介は上目づかいにビアンカを見上げた。ビアンカもそれは不意打ちで、思わず驚いてしまう。 「良いのか?」 「脱がせたいんでしょ?」  ビアンカはそういわれると蔵之介の横に寄り添った。 「うん、脱がせたい」  そっと耳元でささやかれ、蔵之介は「じゃあ俺も」とビアンカの襟元を撫でた。  お互い脱がせ終わると、普段の服に着替え  着替えが終わると、子供たちと合流した。 「ママ、すごくきれいだったよ」  アウルムが一番に駆け寄ってきて、蔵之介の足元でぴょんぴょん跳ねていた。他の子供たちも次々に蔵之介の衣装についてほめちぎっていた。それを言い終えると今度はビアンカの足元に駆け寄って褒めちぎり大会が始まる。  オールは少し離れた位置でニコと手をつないで立って蔵之介を見つめていた。ニコとつなぐ手は左腕だった。 「オール、腕は大丈夫?」  オールは顔を赤くして自分の左腕を見て、掌を見せつけてきた。 「生えた! もう痛くないよ」  と言ってにやりと笑った。 「早く治ってよかったね」  蔵之介が言うとオールは嬉しそうに頷いた。 「アウルムの糸の効果はどんどん強くなってるよ。本来なら回復に数週間から一か月はかかる」  ビアンカは言って子供たちを三人抱き上げた。何人かはビアンカにしがみついていた。  蔵之介は駆け寄ってきたアウルムを抱き上げた。 「お、重い」 「ママより軽いよ」 「そりゃそうだけど」  蔵之介は笑うとアウルムも笑って見せた。  オールはニコと再び手をつなぎ直し、こそこそと何か話していた。  いい友達が出来たようで、蔵之介は安心していた。  子供たちを寝かしつけ、部屋に戻ると、ビアンカの部屋と蔵之介の部屋がつながっていた。壁の一部は残っているが、窓側と出入り口側が通路になり繋がっていた。 「すごい、ビアンカの部屋に行き放題だ」  蔵之介はそう言いながらビアンカの部屋と自分の部屋を行ったり来たりしていた。 「お互いのベッドも残ってるから、日によってどっちかで寝たり、別々にねたりもできるよ」  ビアンカはベッドに座り、蔵之介が自分の部屋から自室に入ってくると手を伸ばした。  蔵之介はその手に誘導されるように近づき、ビアンカの膝の上に座った。 「かわいい」  ビアンカは蔵之介の頭にキスをすると体を撫でた。 「結婚したから夫婦なんだよね」 「うん。もう蔵之介に手出しをしたら違法になる。これで僕だけのものだ」  蔵之介はビアンカの肩に頭を乗せる。 「ビアンカ、しよ」 「何をだ?」  ビアンカは何のことかわからず呑気な表情を見せた。  蔵之介は体が熱くなるが、笑ってビアンカを押し倒した。そして首筋に唇を這わせる。 「蔵之介、ちょ、待って」 「やだ」  身を起こしてビアンカの上にまたがっていると、太腿を裾をめくり上げられ撫でられた。足の付け根を親指でなぞられ、体がビクビクと反応してしまう。 「子供作る?」  蔵之介はビアンカの顔にそっと顔を近づけて聞いた。 「子供が欲しいのか?」 「うん、子供がもっといたら楽しいだろうなって思って」 「なら考えがある。蔵之介の精子を使って子供を作ろう」  考えもしていなかった。自分の精子で子供を作るなんて。蔵之介は驚き目を瞬かせる。 「作れるの?」 「海がその結果だろ。嫌ならまた同じ作り方でも良いが」  そう言われると頷けた。 「作りたい。俺の子供が欲しい」  蔵之介は嬉しそうに笑う。すると体を返され仰向けになった。 「なら近いうちに精子を貰うよ」 「今日じゃないの?」 「夜に出しただろ、糸も出しすぎてる。濃いものを出した方が受精もしやすい」 「そっか」  蔵之介は伸びをして、ビアンカの腕に抱き着いた。 「すごい幸せ」 「僕もだよ」 「全く不用心だな」  その声に驚き蔵之介は勢いよく起き上がった。ドアの前で見張っていたミナモも突然姿を現したその者に驚き身構えた。 「いつの間に!?」  ビアンカは気付いて居たかのように冷静にため息をついた。 「どこから入った?」  ビアンカは声の主のワイトを睨みつけた。 「さすがにもう塞がれたと思ったが、これでビアンカの部屋にも入り放題だな。まあ勝手に入るとあれこれ言われそうだから侵入通路があることだけは教えといてやろうと思ったんだ。いつでも覗き放題だから気をつけろよ」  ワイトはそう言ってドアを開いた。 「そうだ、近いうちに俺たちも結婚式を上げる予定だから参加してくれよ。ピーが蔵之介が着ていた様なドレスを着たいって言ってたから絶対綺麗だぞ」  と言ってから部屋を出ていった。 「あいつ……、そうだなあそこはワイトの部屋だったんだ。その可能性を考えていなかった」  ビアンカは起き上がると蔵之介の部屋へと向かった。  10分ほど経ちビアンカは戻って来た。 「侵入経路は見つかったの?」  蔵之介が聞くと、ビアンカはドスンとベッドに倒れ込んだ。 「多分ここだろうって所はふさいだが、あいつのことだ、いくつか開けてるかもしれない。明日問いただす」 「もう見られるのに慣れちゃったけど」 「ダメだそれでも見せたくない! 蔵之介の可愛いところは僕だけが見れる特権だ」 「子供っぽいよ」 「それでもいい」  ビアンカは蔵之介の胸に顔を摺り寄せた。 「この心音落ち着く」 「よしよし」  蔵之介はビアンカの頭を撫でてねむりについた。  蔵之介の幸せのはじまりだった。 蜘蛛の生贄 完
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