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五章十三話
ビアンカは三十分以上戦い続けていた。王の座をかけた戦いをした時の三分間の様に、次から次へと敵が仕掛けてくる。しかし、蔵之介の治癒糸があるおかげか疲れを微塵も感じていなかった。
しかし、敵は一向に減る気配がない。次から次へとけしかけてくる。城の者は皆撤退し、手助けする者はいない。縛り上げても仲間が糸をほどき開放していく。敵の動きを止めるには気を失わせるか命を奪うしかない。
ビアンカは出来る限り殺さず、前者で事を済ませたかった。
ありがたいことに蔵之介の治癒糸とは相性が良いのか、効果が高いのか体は万全の状態だった。怪我をしてもすぐに回復するこの戦い方がこんなに楽なものだとビアンカは初めて知った。
話にはパートナーがいた方が強いと聞いていた。一人で戦うより数倍効率よく戦えると。しかしビアンカにとってパートナーと認めるのは蔵之介だけだった。他の者をパートナーにする気は無い。ピーはあくまで世話役、親友、幼馴染みとし、パートナーではない。
パートナーの居る者に勝つには、その者以上の強さを兼ね備えなければならない。ビアンカはそのために修行をした。全ては蔵之介の為だった。その蔵之介が傍にいることでさらに強さが増したのだと実感し、尊さをかみしめた。
敵はその間にもとめどなく攻め立ててくる。数を集め体力を削るのが目的だったのか。それにしては先ほどまで一切戦いを挑んでこなかったのが不思議だった。作戦を変えたのか……。
疑問が浮かぶがあまり考えている余裕もない。次々と蜘蛛が襲い掛かってきては払いのける。捕らえても逃がされるなら今は糸を使っても意味がない。むしろ無駄な消耗になる。そう考えビアンカは相手の気を失わせることに専念し始めた。
「疲れが見えてきたな」
「まだまだ余裕だよ」
先ほどからリーダー敵に指示を取る白い髪の男。それは奇妙な仮面をつけ戦いを眺めていた。
顔を隠すという事は準族の可能性が高い。いざとなれば逃げてまた紛れ込むつもりなのだろう。
その時視界に塀の上からまた人が入ってくるのが見えた。ビアンカは目を向けると、その姿はバードイーター。月が差し込み逆行で顔は見えなかった。
また面倒な加勢が加わった。しかし負ける気はしていない。
ビアンカは一度周りの人を薙ぎ払い、身を引いた。すると、バードイーターは敵とビアンカの間に入り込み、ビアンカに背を向けた。
ビアンカは何事かと目を見開くと、目の前に立っていたのは村田だった。顔だけ振り返り、軽く笑った。
「フェラ」
「ああ、結婚式に招いてもらったがまさかこんなことになってるとはな。俺以外も呼んでいいっていうから遠慮なく着たいってやつを呼ばせてもらった」
村田はそう言って敵へ向き直る。周りの人間は昔は蜘蛛で、ここに居て人間の世界へと出ていった人間たちだ。
「皆変わった蜘蛛の世界を見たがったんだよ。お前の国を。それをここで簡単に終わらせるわけには行かないだろ。外の軍には逃げ出したものを捕らえるように伝えてある。俺のいう事を聞くかは分からないけどな」
村田は体を蜘蛛の姿へと変えあたりに糸を張り巡らせた。そのサイズは足を広げれば城を覆い隠すほど巨大で吐き出された糸はかなりの太さでビアンカの腕ほどもあった。
ビアンカは一瞬驚くが、表情は和らぎ塀の上へと跳び上がった。それを見て恐怖した者たちは逃げ出そうとするが糸に阻まれ逃げ道は城門しか無かった。糸の上にはキーパーが待機し、網の間から出てくるものを捕らえていく。
「さすがキーパーだな。僕のすることがなさそうだ」
ビアンカはそう笑って言って村田の背に乗ろうとするが、先ほどの仮面の男が目の前に立ちはだかった。
「止めておけ、お前に勝ち目はない」
「お前の父親はな……」
仮面の男が言うとビアンカは動きを止め、仮面の中の瞳をにらみつけた。
「糸に絡まれ消化液を流し込まれ叫びもがきながら死んでいったよ。あいつの血肉は旨かった」
仮面の男は仮面の中で笑うと、ビアンカは即座に糸をのばし男を捕らえようとした。しかし男は瞬時に飛び上がり、ビアンカもそれを追って飛び上がった。空中で糸を出し足場を作り跳び男に殴りかかった。しかし男はそれを受けとめビアンカを勢いに任せて投げ飛ばした。
ビアンカはそれに受け身を取るように糸で再び足場を作りそこから跳び、男に糸をのばす。しかしそれは空振り、気付くと男はビアンカの横に居た。
「遅い、お前の父親より遅い」
ビアンカの背中に勢いよく肘を打ち下ろすとビアンカは地面へと一気に落下した。
「ビアンカ王!」
キーパーの一人がビアンカに糸をのばし、ぎりぎりでビアンカの体を引き留めた。
村田は体を返し仮面の男に右足一脚、二脚をふりおろすが、かわされ城壁を破壊した。
キーパーたちも加わりさらに糸を出し捕らえようとするが、男は笑いながら全てをかわしていく。
「遅い遅い」
かわしながら城壁の縁に立つと、両手を広げ糸を出しかかってくるキーパーを糸で壁に貼り付けていった。
「っくそ」
「負けてられるか!」
キーパーは消化液で糸を溶かそうとするが糸は協力でなかなか溶けなかった。
「何で出来てるんだ? この糸は!?」
他のキーパーも糸を溶かす事が出来ずもがいている。
「やっと俺の出番か」
そう後ろから聞こえ仮面の男は驚き振り返ろうとするが、両腕を掴まれ後ろで拘束された。体を前に押し出され膝を突き倒れると両足も拘束された。
「誰だお前!」
仮面の男は顔を向けると青い髪の男が鼻で笑った。
「海、無事だったのか」
ビアンカは着崩れした服を直し男の元へと歩みより仮面に手をのばした。
「させるか!」
男は器用に体を回転し拘束された足でビアンカの手をはじいた。しかし海はその体の回転に合わせて糸をまきさらに拘束の糸を増やした。
「おとなしくしてろ、ビアンカも簡単に殺したりはしない」
海はそう言ってビアンカを見るが、ビアンカの表情は今までになく冷静沈着で、目が赤く光っていた。その姿と表情に海は動けなくなる。酷い威圧感が辺りを包み、仮面の男も身をこわばらせた。
「ビアンカ……王? どうかしたのか?」
海が警戒しながら聞くが、ビアンカは海を見ることはなく男の首に手を伸ばした。その首を掴むと体を持ち上げる。
「先ほどの言葉は本当なのか?」
「うぐっ、やめろ、くるしい」
ビアンカの手に力がこもり、ぎりぎりと音を立て首が閉まっていく。
「ビアンカ、まだ尋問だろ。そこまでするもんじゃない」
海がビアンカの腕を掴むがビアンカは気にせず男をにらみつけた。
「答えろ! お前が僕の父親を殺したのか!?」
海はそれを聞くと仮面の男に目を向けた。
「ふっ」
男は急に笑いビアンカの手をすり抜け後ろへと下がった。
「なっ」
海は驚き声をあげ走り出す。ビアンカの手元には脱皮の皮が残っていた。ビアンカはそれを投げ捨て男に糸を飛ばした。しかしそれはかわされる。
男は脱皮の皮に仮面や服を残している為、全裸で逃げ出し城壁の上を走っていた。
「この状況で脱皮かよ」
海もすぐさま男を追い抜き飛び上がって男の前に立ちはだかった。
「なっ」
男は追いつかれるとは思っておらず慌てて手で顔を隠した。
「そんな顔してんのか。隠さなくていいんじゃないか? でも見覚えがあるな」
海が言うとすぐさま、糸で仮面を生成した。
「仮面の前に服を作った方が良いんじゃないか?」
海はそういいながら糸をのばすと男は糸を避け、その隙にビアンカが男の頭部に拳を入れる。
「ぐあっ」
男は叫び声をあげその場に倒れ込んだ。
海が男に再び糸をのばすが、男は体を転がし、糸をかわす。
「はやっ」
海は再度糸をのばし、かわされ、糸を出す。しかしそれは尽くかわされていく。
「余裕!」
仮面の男は裸で城壁の上を再び走り出し、二人は追いかけ、追いつくがまたすぐに逃げられる。いたちごっこを繰り返していた。
「このスピードは七代目か?」
ビアンカが聞くと、男は笑い「ご名答」と言って塀を飛び越え姿を消した。
「待てっ!」
海は塀を飛び降りるが、ビアンカは足を止めた。
「海、戻れ」
海は地面に着地したがビアンカの声が聞こえ、足を止めた。がさがさと逃げる音が聞こえるが、王の命令に逆らう訳にもいかない。
塀の上に戻ると、ビアンカは珍しく肩で息を切らしていた。
「逃がしてよかったのか?」
海が聞くと、ビアンカは海の肩に手を乗せ、そこにおでこを乗せた。
珍しく体力を消耗しているのか、精神的なものか、海はビアンカを見るが気にせず立ち支えになった。
「大丈夫だ。無駄な体力を使うことはない。奴は身内だ。いずれまた会う」
「身内? なら子供が父親を殺したって事か?」
「殺しただけじゃない、食べたんだ。七代目は生みの親を食べる種族の血が混ざってる。かなり多くの種が混ざってるから手に負えない。故に準族に落ちたものが多い。
父はある日突然いなくなった。数日後、事故死で亡くなった伝えられていた。しかし、本当は地下で捕らえられ体が半分なくなった状態で見つかったらしい。それは一部の者しか知らない。食いちぎられた跡があり、父を恨んだ者の仕業だろうと記述が残されていた。生みの親を食べるのは今は重罪だ。罪だから罰を与えたいわけじゃない。僕は父に聞きたかった事があった。それが聞けずに終わってしまったのが心残りなんだ」
ビアンカはため息をつき顔を上げると目の色が元に戻っていた。
「その目は何なんだ?」
「目?」
「赤かっただろ」
「ああ、なんだろうな」
ビアンカは答える気が無く、あいまいな返事に海は軽く笑った。
「まあいいか、向こうも終わったっぽいし」
先ほどまで戦っていた場所を見ると、村田が人間の姿に戻り壊した城壁の上で困ったように頭をかいていた。
「すぐに修復させないとな」
「ああ、他にもやることがある結婚式は」
海が言い終える前にビアンカはその言葉をさえぎった。
「予定通り執り行う」
ビアンカはそう言うと、城壁を飛んで走り村田のもとへと向かった。
「え、本気か!? この状況で!?」
海は慌てて後を追った。
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