真相

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 札幌は支店が設置されているわけではなく所属は本社の人事部付になっているため、前任者からは「自分の裁量であれこれできるんで、まあ息抜きしながら適当に頑張ってください。定期的な本社への報告だけは忘れないでくださいね」という大変大雑把な引継ぎしか行われず、受け取った記録データに目を通しても、前任者が熱心に営業をしているようには思えなかった。  だから売り上げが落ち込むんだろ!と怒りが湧いてきたが、たった一人ということで、結婚だの家族だのというプライベートに首を突っ込んでくる人間もいないため、優香さんとの偽装結婚をどうごまかすかということに心を砕く必要がない。  なるほど、だから優香さんは「札幌に転勤」に食いついたんだなと改めて納得した。  こうして札幌での新生活がスタートした。  優香さんは悪阻の上に、慣れない土地での生活にストレスもあってか体調が優れない日の方が多かった。  俺の方は北海道全域を担当している関係で泊まりの出張も多く、優香さんをひとりで放っておくのは心配だったため、何度も社長の元に戻って頼ったほうがいいんじゃないかと提案したが、彼女は頑として首を縦に振ろうとはしなかった。  こういう頑固なところは親子でそっくりだ。  もう少しお互い歩み寄ってきちんと話をすればいいだけなんじゃないのかという気もしていたが、俺が言ったところでどうせ聞かないだろう。  体調がようやく落ち着いたのは、出産予定日の一か月前である八月の初旬だった。  それからは、お腹が大きく膨らんだ優香さんと一緒にゆっくり散歩をしたり、ラーメンを食べに行ったり、観光地に足を運んだりもして、傍目から見れば俺たちは幸せそうな夫婦に見えていたかもしれない。  しかし、お腹の子を守るという決意を秘めた彼女はすっかり「母」の顔になっていて、それを綺麗だなとは思っても、「ルームシェアしている同居人」以上の感情を抱くことはなかったし、それは彼女のほうも同じだったと思う。  それでも仕事から帰って家に誰かいると寂しくなかったし、優香さんと子供を守ろうという使命感のおかげで仕事も頑張れていたため、優香さんにはむしろ感謝していた。  だた、優香さんと二人で過ごしていても、何かの拍子にふと彩の笑顔や声を思い出していた。  離れてしまえば気持ちも離れていくだろうと思っていたのに、なぜか愛おしさが募る。  あの子は今頃、横井の隣で可愛らしく笑っているだろうか——。    
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