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プロローグ
踏み台を置いてシンクの上の吊戸棚から蒸し器を取り出そうと手を伸ばした。
届きそうで届かなくて、精いっぱい背伸びする。
ああもう、どうしてわたしはこんなに背が低いんだろうか。
いっそシンクの縁に足をかけてよじ登ろうかなと思ったところで、後ろから手が伸びて蒸し器を下ろしてくれた。
「これ?」
「あ、ありがとうございます」
体を反転させ、向かい合って蒸し器を受け取る。
「あんまり使わないかなって思って上の方に置いてもらったのが間違いでした」
「言ってくれれば取るから、遠慮なく言って?」
わたしよりも30センチほど背の高い彼を見上げる。
「ズルいです、そんなに背が高くて手足も長いなんて」
口を尖らせて八つ当たりすると、あははっと笑った彼は大きな手のひらでわたしの頭をポンポンと撫でる。
「可愛いね」
可愛いと言ってくれるくせに、期待して見上げるわたしから目を逸らし、逃れるように背を向けてキッチンから出ていく彼のことを何とも言えない寂寥感とともに見送った。
今、キスしてくれるんじゃないかって期待したんだけどな。
燻り続けた想いを再燃させたわたしたちは、一緒に暮らし始めた途端、臆病になった。
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