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「何言ってんだよ、おまえアホじゃねえの?」
横井の反応は予想通りだった。
大事な話があると言って個室のある飲み屋に誘った。
札幌への転勤が決まったという報告だろうと思い込んでいた様子の横井は、俺が二階堂優香と一緒に札幌に行くと告げるとひどく驚いて、簡単に事情を説明すると今度は怒り出した。
「そんな慈善事業してる場合かっつーの。それ、おまえに何のメリットもないだろうが」
「メリットならあるよ。子供時代の俺の心が救われる」
美味しそうな焦げ目がついた焼きハラスをちびちびつまんでキュッと冷えた日本酒で流す俺を見ながら、横井は「わけわかんねえ」と渋い顔をして舌打ちした。
優香さんがあの時会ったのが俺じゃなくて横井だったとしたら、社長の前だろうとお構いなしに怒り出して事情を聞く余地すらなく全否定、拒絶の一点張りだっただろう。
いや、普通の男なら誰でもそうなるはずだ。
それぐらい破天荒な提案なのだから。
「じゃあ、鶴田のことはどうすんだよ」
ぶっきらぼうに聞かれて、あの可愛らしい笑顔が脳裏をよぎる。
「どのみち札幌についてきてほしいなんて言う気もなかったし、ご縁がなかったってことなんだろうね」
横井が大きなため息をついて、濃い目に割った焼酎を煽った。
「じゃあ、俺がもらってもいいんだな?」
「いいよ。大体、俺がいいとか悪いとか決めることじゃないだろう」
「なんでそんなに冷静なんだよ。腹立つ」
横井はこの夜、ずっと怒り続けていた。
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